日本の物価を安定化し経済を活性化する方策

浜田宏一×渡辺努×安斎隆:鼎談

先ほど安斎さんが描写した日本のサービス業の様子について、私がいちばん「これが近いな」と思う概念は“プライシングパワー”です。経済学の教科書では、”プライシングパワー”という言葉はあまり見かけませんが、実はアラン・グリーンスパン元FRB(連邦準備制度理事会)議長が2000年ごろにしきりに使っていた言葉です。当時、アメリカも日本のようにデフレになるんじゃないかと懸念されていて、グリーンスパンがその問題をみんなに訴えようとして、持ち出した概念です。

プライシングパワーを企業が失うと、コストが上がっても価格に転嫁できない。いい商品を作っても価格は同じという状況が続くと、コストと時間をかけて新しい商品を生み出して世に問うという勇気を経営者は失ってしまう。頑張って優れた商品を作っても結局は従来と同じ値段しかつけられないからです。

こうなると、ボディブローのように、企業から前向きの行動をする活力を奪っていってしまう。その価格でもやっていけるように人件費を抑えるとか、電気を消しまくって節約するとか、コスト削減だけ考えるようになってしまう。そうなると、アメリカ経済の前進する力がなくなってしまう、というのが、当時の彼のメッセージだった。

その後、アメリカはバブルになっていくわけで、グリーンスパンが誘導した金融緩和がよかったかどうかは判断の分かれるところでしょう。しかし当時の彼の認識は正しかった。デフレの本質を見抜いていたと思います。

日本が陥ったプライシングパワーの喪失

日本はその当時でさえ、企業にプライシングパワーがなく、後ろ向きのコストカットしか考えない経営者が少なくなかったわけですが、その後、そうした経営が世の常識になってしまった。グリーンスパンが向かってはいけないと言っていた方向に、残念ながら日本は向かってしまった。いったんそこに入ると抜け出ることが難しいという意味での「わな」が経済にあるとすれば、プライシングパワーの喪失の常態化はまさにそれだと思います。

難しいと思うのは、先ほどヤマト運輸の成功例が出ましたが、外食の鳥貴族が昨年秋に価格を280円から298円に上げただけで、お客が減って減益になった。同社の社長が「仕入れ価格や人件費が上がる中、お客さんに説明して、値上げをするべきだと考えた」という趣旨のことをある雑誌でおっしゃっているのを拝見し、立派なことだと思ったのですが、残念ながら値上げで失敗したケース、需要曲線が屈折しているとことを証明するケースになってしまった。こうなると、ほかの会社も追随して値上げする勇気が出ませんよね。

それと、先ほどQBハウスのお話も出ましたが、昔は消費者物価の1つの典型が理髪料だった。毎年2~3%値上げしていたんです。

安斎:それは人件費が上がってくるからでしょう。

渡辺:そのとおりです。昔は価格と賃金が互いに整合的なかたちで上昇する健全な状態があった。だから、今起きている問題は大昔からある「勉強する」ということだけでもなくて、やはり1990年代末ぐらいから起きたプライシングパワーの喪失とそれに伴う意識や行動の変化と理解すべきと思います。

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