日本の物価を安定化し経済を活性化する方策 浜田宏一×渡辺努×安斎隆:鼎談
――先生は東京大学で「東大日次物価指数」を作っていらっしゃいます。日本とアメリカの価格の上がり方の違いを指摘されています。
消費者物価統計を構成する個々の品目のデータ、たとえば、シャンプーとかせっけんとか、1個1個の物価上昇率をプロットしていくと、アメリカは3~4%に集中し、イギリスだと1~2%に集中しています。
しかし日本は様子が違い、ほぼゼロ近辺に集中している。約5割の品目はゼロ%です。大ざっぱに言えば、日本企業の半分は価格を据え置いているということです。
さらに重要なのは昔からそうだったわけではないという点です。日本でも1990年代の半ばまでは、多くの品目が2~3%に集中していました。潮目が変わったのは1990年代の終わり。
ちょうど金融危機のころで、多くの品目が価格据え置きという状態が、このころに始まった。その後、デフレが放置される中で、原価の上昇を転嫁できずに価格を据え置くという慣行が社会に定着してしまった。異次元緩和もこの慣行を壊すことはできなかった。
サービスに対する日本独特の価値観
安斎隆:私は2000年代に入ってからイトーヨーカ堂グループに入って、セブン銀行を立ち上げた。サービス業界に20年近くいるわけです。よく、非製造業は生産性が低いと言われる。その原因は、設備投資していない、機械化していないから、ではない。値付けの問題なんです。小売業が売っている財物の価格や外食などのサービス価格を上げないと、物価は上がらないし、成長率も上がらない。私はずっとそう見ていました。
日本の非製造業の雇用者数は5000万人、これに対し、製造業の雇用者数は1000万人です。非製造業に従事する人の賃金が上がらなければ、物価も上がりません。需要が弱いときは値上げできないというのはわかります。しかし、需要が高まってきても値上げしない。
人手不足が深刻になってようやく、昨年10月にクロネコヤマト(ヤマト運輸)が値上げして、佐川急便なども追随しました。提供した財やサービスの価値に見合う価格をきちんと取らないかぎり、生産性は上がらず、企業業績も上がらず、賃金も上がらず、成長率も上がってこない。政府が音頭をとるということでなく、企業が考え方を変える必要があると思う。
日本には昔から「サービスはタダ」という感覚があって、なかなかお金を取らない。そういう日本の文化も関係しているのではないか。今年8月にはヘアカット専門店のQBハウスが1000円から1200円に値上げをするというニュースも出てきた。10分でカットすると聞いた外国人が、「時間の節約になるんだから5000円ぐらい取ったっていいじゃないか」と驚いたという話があります。サービスに対する価値判断が違うんですね。
オリンピックの招致で「おもてなし」という言葉がはやりましたが、これも、無料のサービスをイメージしている。「勉強する」という言葉もそうでしょ。「ディープディスカウント」のことを「勉強する」と表現するんだから、すごい。日本人には「値上げは悪」というのが染み付いている。これではダメです。ちょっと言いにくいけれども、セブン-イレブンが好業績を続けられるのは、商品の付加価値を高めたうえで、その分を価格に反映させているから。企業がそういう行動を取れば、生産性は上がりますよ。