日本の物価を安定化し経済を活性化する方策 浜田宏一×渡辺努×安斎隆:鼎談
――安斎さんはATMというサービスに特化した銀行で成功したわけですね。
安斎:最初、ATMで手数料をもらうビジネスをやると言ったら、「ぜったい失敗する」って金融界のみんなに反対されました。けれども、利益の上がる企業になりました。便利なサービスを提供すれば、お客さんは対価を払って来てくれるんです。
消費者側から見たら、無料はうれしい。でも、サービス業で働く5000万人は消費者でもあると同時に労働者でもある。無料の仕事をしていたのでは、賃金が上がらない。
浜田:渡辺教授による支払いのマイクロデータを使った研究は経済学の進歩の現状をよく示しています。僕らの時代は、簡単なモデルで、いわば、一筆書きで「モデルによるとこうなります」と。
直観に訴えるのも、重要ではあるんですが、データから本当にそうなっているのかを調べることができる。「需要が高まれば物価は上がるはず」と思っていたが、なぜ上がらないのか。
ポール・スウィージや日本では東大の根岸隆教授、最近ではフランスのノーベル賞をとったジャン・ティロールなどが、屈折需要曲線の話で、似たようなことを議論していますね。
屈折点で物価が固定されてしまう
渡辺:根岸先生は私の学部時代の恩師なんです。「屈折需要曲線」の説明はこうです。「価格を上げると、ものすごい勢いでお客さんがいなくなるだろう」と企業が恐れる。では、下げたらお客さんがすごく増えるかといえば、そんなことはなくて、「下げてもさほどお客は増えないだろう」と考える。つまり、値上げと値下げの効果が非対称なわけで、その意味で需要曲線が屈折しているわけです。
根岸先生が示したのは、需要曲線がそのように屈折していると、原価が少々変化しても企業はいっさい価格を変えないという選択をする。つまり、屈折点で価格が硬直化してしまうんです。
価格の硬直性はケインズ経済学の肝ですが、根岸先生はその理論的根拠を示す研究を1970年代に発表された。
「屈折需要曲線」の理論はもともとは「寡占」を説明するためのものだったんですが、今は完全競争に近い状況下でもそのようなことがありうるという議論がされています。価格硬直性の原因はそれがすべてとは思いませんが、世界的に需要曲線が屈折している度合いが強くなり、それが価格硬直化をもたらしているのは否定できないと思っています。日本はそれが特に顕著で、そのために、原価との連動性が失われてしまっている。