意見と事実が区別できない人の残念な思考 交渉に勝つ弁護士が明かす、根拠の「強弱」

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さすがに「買い主がいなければ60億円も無意味。大幅に値を下げないなら、これまで」と交渉決裂を示唆した。すると「矢部さんは鑑定結果をごまかそうとするんですか?」という。代理人同士の話し合いで「ごまかし」とは乱暴きわまる。怒るより、むしろあきれた。

交通の便の悪い土地だから、買い主がいなくなれば二束三文である。買い主あっての不動産価格だということもわからないらしい。

この鑑定書の最大の問題は、なぜ収益還元法を選んだか説明がないことである。いくつもある鑑定方式の中から、なぜ収益還元法を取り、別の方式を取らなかったのか? 別の鑑定評価基準を用いれば、大幅に違った価格が算出されるだろう。

この鑑定書に説得力はない。

鑑定人によって解釈の違いは必ずある。複数の鑑定人が作成した分厚いA鑑定があるからといって、それと違うB鑑定が成り立たないわけではない。

これが意見の特徴である。たとえ権威者の鑑定であろうと、意見は本質的にひ弱である。

鑑定書の「価格は60億円」という一文は、主語が省かれているので客観的な判断のように見えるが、あくまで鑑定人の主観的な解釈にすぎない。

しかし、相手弁護士は鑑定書の数字を頭から信じてしまっていて、どうにもならない。理詰めで説得しようとしても無理だから、面倒だが別の「権威」をぶつけて相手の鑑定をつぶすしかない。

私は新たに鑑定人を依頼した。世なれた人である。「どの程度の範囲で価格を考えていますか?」と聞くので、率直にこう依頼した。

「買い主を代理しているので、できるかぎり安いほうが望ましい。合理的に考えられる最低限の評価をお願いしたい。できれば30億円ならありがたい」

1カ月後、彼は「取引事例比較法」(市場の取引事例を参考にした算出法)を用いて、「本件不動産の価格は30億円」と鑑定した。鑑定費用は130万円だった。

結局、45億円で取引が成立した。足して2で割った数字である。

「鑑定に何の意味があったのか?」という顧客社内の声もあった。

ありていにいえば、鑑定は売り主と買い主を納得させるための1つの資料にすぎず、それ以上のものではない。

あらゆる意見は「ポジショントーク」である

「ポジショントーク」とは金融用語で、「自分のポジションに有利に相場が動くような発言をすること」だった。今では広く「自分の立場に都合のよい発言をすること」をいう。

裁判では、権威づけのためにしばしば鑑定書が提出される。私も今まで、不動産価格鑑定、自動車事故鑑定、筆跡鑑定、医事鑑定、建築鑑定、特許侵害鑑定など、数多くの鑑定を見てきた。しかし、説得力のあるものは2割に満たない。

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