坂根:日本の多くの大企業は、事業環境の波を受ける中で社内雇用を維持するため、事業の多角化や雇用に手をつけない方法で変動費化を図ってきました。下請けに出す(実際は下請け側にとっては決して変動費ではないのですが)、残業時間でカバーする、あるいは、転勤などもそうです。そして近年は非正規雇用も一般化しています。要するに、今の働き方改革で問題になっている、この国の異常な長時間労働や非正規社員問題などは、すべて終身雇用という独特の雇用慣行によるものといえるのです。
では、終身雇用が負の面ばかりかというと、決してそうではありません。たとえば、この国のいちばんの強みである「現場力」は、日々同じような仕事を繰り返している職場で皆が知恵を出してPDCAサークルを回してレベルアップしていくことですが、これは継続的社内教育やチームワーク力によるところが大きく、これは終身雇用の賜物といえるでしょう。
ですから、何でも欧米流がよいというわけではなく、仮に、日本が完全に欧米流の雇用に切り替えてしまったら、彼らと互角に闘うのは難しくなるとも思っています。ただ、多くのこの国の大企業が誤ったのは、雇用慣行もあって社内のコストを固定費と変動費に分けて分析する仕組みを採用しなかったことです。多くのケースで変動費部分のみでの国際競争力は十分にあったにもかかわらず、固定費まで含めたコストで日本のモノづくりコストに自信を失い、海外に活路を求めた結果、日本に固定費が残るといった最悪のパターンを歩んできた企業が多いように思います。
アメリカで「日本的な雇用慣行」を守るとどうなるか?
中原:ずいぶん前になりますが、坂根さんが日本経済新聞の「私の履歴書」に書いていたエピソードを思い出しました。あのエピソードには日本の産業界が抱える問題点が凝縮されていると思いますが、読者の皆さんに改めてご説明いただけたらありがたいです。
坂根:コマツは1990年ごろにアメリカの企業と合併会社を作っていて、私がその会社の社長になった際、日本の雇用慣行が足かせになっていることを思い知らされました。当時、日本はバブルで浮かれていましたが、アメリカは深刻な景気後退期にありました。このとき、アメリカ側はルールに従ってユニオンと交渉し、5つ持っていた工場のうち3つの工場を閉鎖、残りの2つは人員削減を断行しました。ところが、私たちのテネシー州の工場は、全従業員に給料の7割分を支払って、工場の草むしりなどを仕事にしてまでも雇用を維持したのです。
それで、地元の人たちからコマツという会社は雇用を大事にするすばらしい会社だと褒められて、私も有頂天になっていたのですが、そのあとアメリカが景気回復し需要が拡大していったときに、「ここで雇用を増やしたら、景気がまた悪くなったときに大変だ」という意見が出てしまったのです。
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