「世界一の焙煎士」が嘆くコーヒー業界の窮地 生産地は危機的状況だが、技術革新の希望も

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5年前、初めてコーヒー豆の買い付けで、中米グアテマラを訪れたときのこと。

「前年に多くの木がさび病でダメになり、収穫量が激減し、数千人が失業したと聞いてショックを受けました」。そもそもコーヒーは繊細な植物で、昨今の気候変動の影響を受け、病気が蔓延しやすい。

新しくコーヒーの木を植えても収穫まで3~4年は収入ゼロ。またいつ病気が広がるかもわからない。実際に、世界でいちばん飲まれている野生のアラビカ種は、2080年までに絶滅の恐れがあるとされている。「生産自体が危ういのだと思い知りました」。

働き手不足という課題もある。いいコーヒーは標高が高いところで採れるので、急斜面を登り、熟した豆だけを取るのはかなりの重労働。だが、1日あたりの賃金は驚くほど低い。「昔はみんな当たり前のように家の手伝いをしていたけど、今はいろんな情報が入ってくるようになり、働き手が減っているそうです。世界各地で、いい豆ができたのに収穫するピッカーが集まらず、出荷できなかったという話を耳にします」。

コーヒー業界は30年後さえ危ういかもしれない

アフリカのエチオピアでは、コーヒーからチャットという麻薬への転作が相次いでいた。

「有名なコーヒーの産地なのに、車で数時間走っても見渡す限りチャット畑が広がり、コーヒーはどこにも見当たらなくて。樹齢100年の古木もある伝統的なコーヒー農園に着いたときは、ホッとしました」。しかし、それも束の間。農園の女性が「ここの木は全部切って、来年からチャット畑にするのよ」とうれしそうに話したという。「ものすごく衝撃的でした。チャットは葉っぱだから簡単に生産できて、密輸品として高値で取引される。生産者にとっては当然の選択と理解はできるのですが……」。

気候変動や病気でコーヒーが採れなくなり、転作で生産者がいなくなり、働く人も見つからない。「一生働きたいと飛び込んだ業界なのに、このままでは22世紀までもたない、いや、30年後さえ危ういかもしれない。絶望感しかなくて……」。どうしようもない現実を前に、やりきれなさが募っていた。

そんな中、2年ほど前、思わぬ依頼が舞い込んだ。

豆香洞コーヒーの店内の様子。お客さんとスタッフが談笑していた(筆者撮影)

「家庭用焙煎機の新規事業を手伝ってほしい」。相手は大手家電メーカーのパナソニックだった。

家庭用焙煎機「The Roast」と、毎月3種(または2種)の生豆が届くサービスのセット販売。

後藤さんが担当するのは、毎月3種の生豆の特徴に合わせて、焙煎機の熱風温度や風量、時間設定を緻密に考え、最大9タイプの焙煎レシピを作る、つまり味をデザインすること。

お客さんは豆とともに届くストーリーブックを読み、好きな焙煎レシピでその味を再現できるというわけだ。「画期的な技術とサービスで、新しい時代がきたと感じました。それにコーヒー界の窮地を少しでも救えるかもしれないと思い、引き受けました」。

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