「世界一の焙煎士」が嘆くコーヒー業界の窮地 生産地は危機的状況だが、技術革新の希望も

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後藤直紀(ごとう・なおき)/「豆香洞コーヒー」オーナー焙煎士。1975年神奈川県横浜市生まれ、福岡市育ち。「いつか飲食店を開きたい」という思いから、お酒のイベント会社に就職。東京「カフェ・バッハ」の田口護さんに従事。2008年「豆香洞コーヒー」をオープン。2013年「World Coffee Roasting Championship2013」で優勝。2017年からパナソニック「The Roast」の焙煎プロファイル(レシピづくり)を担当(筆者撮影)

コーヒーは、生産者から消費者に届くまで多くの人がかかわる。生産、豆の輸出入、焙煎、抽出、配送……。消費者が自分で焙煎や抽出をしたり、流通の仕組みが変わったりして、あいだでかかわる人が減れば、その分、生産者により多くのおカネを払うことができるはずだ。

しかしそれは同時に、焙煎士の仕事を奪うことにもなりかねない。それゆえ「私に打診される前、多くの焙煎士が依頼を断ったと後で知りました。今でも業界で賛否があることは承知しています」と後藤さんは静かに語る。

2017年6月に販売を始めて、この1年で114タイプの味をデザインしてきた。同事業リーダーのパナソニックの井伊達哉さんは「焙煎機自体が高額(10万円)なのでどんどん売れるわけではありませんが、お客さまには大変好評です。後藤さんには焙煎機の開発から携わっていただき、一切妥協せず、徹夜しても最高の味を追求される姿勢にただただ頭が下がります」という。

後藤さんにとっては儲かる仕事なのだろうか。本人に尋ねると「大手企業の仕事だから大金が入るでしょとよく聞かれますが、実験的な事業ですから。先日、ふと自分の仕事を時給換算してみたら……途中で計算はやめました」と大らかに笑う。

技術革新を起こせれば、コーヒーには生き残る道がある

「自分の店もRoastの仕事も、どちらも根本にある思いは同じ。家庭のコーヒーをおいしくしたい、それだけなんです。現実に絶望することもあるけれど、今はどんどん新たな技術が生まれる時代で、もしかしたらコーヒーに関しても急斜面で収穫しやすい機械ができたり、病気を防げるようになったり、生産現場や流通、保存の仕組みや技術に革新が起こるかもしれない。

そうして問題をクリアしていけば、コーヒーが22世紀まで残っていく可能性はある。コーヒー屋は決して儲かる仕事じゃないけれど、みんないいコーヒーを提供したい一心で頑張っているんです。私も大好きなコーヒー業界で一生涯、味をデザインしたい」

自宅では、10歳の長男が後藤さんにコーヒーを淹れてくれる。それが本当においしいのだと目を細める。

「コーヒーのおいしさは、シチュエーションによるところも大きい。おいしいかどうかの答えは、一人ひとりの心の中にある。だから私はおいしさではなくて、いいコーヒーを追求していきたい」。もし後藤さんの息子さんがコーヒーマンになりたいと言ったら……未来のコーヒー業界はどうなっているだろう。技術革新に希望を託し、後藤さんは今日も淡々と焙煎を続けている。

佐々木 恵美 フリーライター・エディター

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ささき えみ / Emi Sasaki

福岡市出身。九州大学教育学部を卒業後、ロンドン・東京・福岡にて、女性誌や新聞、Web、国連や行政機関の報告書などの制作に携わる。特にインタビューが好きで、著名人や経営者をはじめ、様々な人たちを取材。

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