インド・ヨーロッパ語族は、どう拡散したのか

ステップを駆けたライダーたち

図3 前3500年~前3000年頃の印欧祖語の原郷(図版提供:筑摩書房)

そのほかにも、復元された印欧祖語には興味深い特徴がある。たとえばそれには、(別の語族に属する)ウラル祖語との間に語彙の借用関係が認められる。とすれば、しかるべき年代において、印欧祖語はウラル祖語と隣接する地域で話されていたのではないか。そうやって今度は印欧祖語が話されていた場所や年代も絞られてくる。

印欧祖語の原郷に関して、以上のようにさまざまな証拠を引き合いに出しながら、著者が最終的に提示する見方はこうである。それが話されていたのは、前4000年から前3000年の間、広くとって前4500年から前2500年の間だ。そしてその場所は、現在のウクライナとロシア南部に位置し、黒海とカスピ海の北に広がる大草原、すなわち「ポントス・カスピ海ステップ」と呼ばれるところである(図3参照)。では、その時代のその場所を起点として、インド・ヨーロッパ語族はそれからどうやって拡散していったのだろうか。

言語の拡散を後押ししたふたつの要因

本書の残りの部分(第II部)で、著者はインド・ヨーロッパ語族の具体的な拡散過程を丹念に跡づけている。その議論の詳細については本書自身を参照してもらうことにして、ここでは重要と思われるポイントを3つ指摘しておこう。

まずひとつは、そこで描かれる拡散過程は、インド・ヨーロッパ語族の分岐に関する言語学的知見と符合するという点である。著者はおもに考古学的証拠にもとづいて、「西へ、東へ、西へ、北および東へ」という拡散の大きな流れを描き出す。そしてそのパターンは、言語学から推測されるインド・ヨーロッパ諸語の分岐の順序や方向とうまく合致するのである。この合致は、言わずもがな、著者の描くストーリーに大きな信憑性を与えている。

第二は、問題の拡散はけっして一度きりではなかったし、(その要因も含めて)けっして一様ではなかったという点だ。インド・ヨーロッパ諸語の拡散といっても、その話し手の移住という形で進展することもあれば、(社会制度などとセットになった)文化圏の拡大という形で進展することもあったし、そのほかの形で進展することもあっただろう。それゆえ、著者の描く拡散過程も「何段階にもわたる一様ではないプロセス」から成っており、けっして単純なものではない。

第三は、そうは言いつつも、インド・ヨーロッパ諸語の拡散を後押ししたとりわけ重要な要因が存在するという点である。そしてその要因こそが、本書のタイトルにもある「馬」と「車輪」である。

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