2018年3月をもって雇い止め――。実は全国で、ヒロキさんと同じような目に遭った非正規労働者は少なくないと言われている。背景にあるのは、改正労働契約法18条による「無期転換ルール」だ。
労働契約法18条は、2018年4月から勤続5年を超える有期雇用労働者は、使用者に無期雇用への転換申し込みができると規定している。しかし、一部の企業や団体は、非正規労働者が無期転換申込権を獲得する前に雇い止めを強行。いわゆる「無期転換逃れ」である。ヒロキさんが採用されたのは2013年4月。そして、5年後の2018年3月、まさに無期転換申込権が発生する直前でのクビを宣告されたのだ。
ヒロキさんの勤務先は首都圏のある短大で、1年ごとの契約更新を繰り返してきた。あらためて過去の雇用契約書を確認してみると、2014年4月以降、「2018年3月31日を超えて(契約を)更新することはできない」との文言が突然追加されている。これ以降の契約書も同様で、大学側はこれを根拠に「すでに合意済み」と主張しているのだ。
不更新条項の新設は、働き手にとってきわめて重要である。しかし、このくだりが追加された理由などについて、大学側からヒロキさんら非常勤講師への説明は一度もなかったという。彼は当初、この文言が加えられたことに気がつかなかった。更新手続きは毎年なかば自動的に行われており、「隅々まで(契約書を)読んでいなかったんです」と打ち明ける。
気がついたのは、2017年4月の更新時。驚いたものの、契約書とは別に交付される「労働条件通知書」には「契約を更新する場合がある」との記載があったほか、周囲には勤続10年以上の同僚がいたこともあり、まさか本当に雇い止めにされるとは思わなかった。幼い子どもを持つ自分がクビになるなんてありえないと信じたい気持ちもあったという。「どこかで事態を楽観視したい自分がいました」。
しかし、仮にもっと早い段階で不更新条項を知っていたとしても、契約を更新するには、大学側が示した条件に従うよりほかはなかっただろうと、ヒロキさんはいう。一般的にも労働者個人と使用者の力関係は対等とはいえない。この時も一抹の不安を抱えながらも、契約書に署名、捺印をしたという。
「人をモノ扱いするようなやり方は許せない」
ヒロキさんは、ある地方都市で生まれ育った。高校生のとき、1990年代のフランス映画『ポンヌフの恋人』を観てパリにあこがれる「早熟な子どもだった」という。東京の有名私大に進み、フランス文学を専攻。大学院を卒業後、パリに留学した。勉学に費やした時間は充実していたが、博士号を取得するまでには至らなかった。
30代半ばで帰国し、短大でフランス語を教える非常勤講師の職を得た。その後はこの短大を中心に複数の学校を掛け持ち。授業は合わせて週5コマで、年収は150万円ほどだった。私生活では、留学時代に知り合った女性と結婚、ほどなく子どもが生まれた。妻は都内の国立大学で非常勤職員として働いており、年収は約200万円だという。
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