老夫婦が辛苦を乗り越えて福島に帰った理由

故郷へ戻ることに理屈なんてない

福島に帰るという決断。彼らは再び福島県南相馬市小高区にある家で生活をスタートするために、月に何度もかつて暮らしていたわが家に通い、生活のために必要な設備を整えている。網戸の張り替えや、風呂の下水道の修理、温水洗浄便座の設置、玄関の改修。やらなければならないことは山積みだ。

この日の首都高速道路は混んでいたはずだったが、福島県いわき市を越えたあたりから格段に交通量が減った。気が付けば高速道路を走っている車は尭男さんの運転する車とトラック数台だけになっていた。前に走っているトラックには何やら文字が記されている。

よく目を凝らしてみると「放射性廃棄物運搬中」とあった。まさかと思って後ろを見ると、直後を走るトラックにもまた、同じ文字が記されていた。これが福島への道なのか。だんだんと福島へ行くという実感が湧いてきた。

高速道路を走り続けること4時間。ようやく「南相馬」の標識が見えてくる。「着いたよ」という尭男さんの声を合図に改めて窓の外に視線をやった。そこには見たこともない景色が広がっていた。

荒れ果てた田畑。放射性廃棄物を積んだトラックだけが走る道路。色褪せたコンビニエンスストアの看板。誰もいないパチンコ屋。布団が干したままの家屋は、動物が侵入しないようにバリケードで囲われている。玄関先を覗くと、割れた屋根瓦が落ちたままだ。

私が声を失っていると、後ろで慰めるように孝子さんが「みんなそのまんまで逃げてきたから」と笑った。2011年3月11日。福島はあの日のままで止まっていた。人間の息が通わなくなった街の現在がそこにはあった。すべてあの日のままなのに、3月11日以前の南相馬の姿はここにはない。人間がいない。ただこれだけのことが、この南相馬の街を大きく変えてしまっていた。

「情けなくて泣けてくるなあ」

この言葉を彼らは車中何度も口にしたが、本当に泣くことはなかった。秋の訪れを知らせる乾いた風の中で、木幡夫妻は変わり果てた南相馬をただ見つめていた。

黄色の住人、セイタカアワダチソウ

木幡家に到着した。東雲の家の大きさの何十倍もある彼らの自宅は、林の中にあった。尭男さんによると、周囲の世帯で福島に戻ってくる予定の人はほとんどいないという。その事実を実感させるかのように、家の周辺は実に静かだった。

福島に住んでいたころは米農家として生計を立てていた木幡夫妻。広大な面積の田畑は今、雑草たちの温床に変わっている。木幡家以外の田畑もそうだ。どの田畑を見渡しても、雑草は伸び伸びと生え、すすきは誰にもお構いなしに道路に溢れていた。福島を車で走っていると、ボリュームのある黄色い花をつけた草をそこかしこで見つけることができる。

木幡さんによると、その花はセイタカアワダチソウという外来種だそうだ。気味が悪いほどにどの田畑にも黄色い花が咲いている。繁殖力が強いセイタカアワダチソウは、人々がいなくなってからすぐに根を広げたという。木幡夫妻の田畑にももちろん、セイタカアワダチソウをはじめとする外来種や雑草が多く生えていた。

孝子さんは手持ち無沙汰になると、すぐにそれらの雑草を抜いては寄せ集めた。尭男さんの「キリがないからやめろ」という言葉に頷きながら、それでも雑草を抜く手を止めなかった。

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