朝日新聞は「反権力ごっこ」?メディアの限界 田原総一朗やアインシュタインに学ぶこと

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田原総一朗氏は、カメラで撮ること、それをテレビで表現することの限界を示した。アインシュタインは、ユークリッド幾何学の限界を見抜き、相対性理論によって時間と空間の「真実(truth)」を明らかにしようとした。

主観の限界を超越するために

相対性理論は、絶対時間・絶対空間が存在せず、時空は相対的な存在だとした。ニュートン力学的な世界、つまり、自分を中心において絶対的な時間と空間が存在するという我々の常識、を揺さぶった。

田原氏が言うように、いわゆる客観報道というものが、厳密には存在しないとすれば、メディアが公平性を担保するには、主観の限界を認識し自己中心的な視点を一旦離れ、多角的相対的に世界を観察するよう努力をするしかないと思う。

ところで、主観の限界を超えていく前衛的な芸術家がいる。草間彌生氏だ。

「離人症の症状を参照しながら、草間の創作活動の原動力を、自分という意識=「こと」が、外界の現実として存在する自分=「もの」と遊離する苦痛、そしてそれをもう一度同化する必死の作業としての創作活動について論じている。(中略)現代社会における、自己の存在の不安は、実は実存的な不安として社会に共有されているものであり、そのため草間の表現は共感と普遍性を獲得したといえるかもしれない。」(『クサマトリックス/草間彌生』p82)

自分という意識=「こと」が、外界の現実として存在する自分=「もの」と遊離する。自分という意識=「こと」とは、主観のことだ。それが実存の物理的な自分=「もの」から離れていくとき、何が自分自身なのか疑いが生じ、絶対的な主観があるのかどうか、分からなくなる。

そして、それをもう一度、同化し、新たに結合する。草間彌生氏のスタイルだ。

主観の限界を超越するには、その主観を絶対視している自分を疑う必要がある。草間彌生氏の創作物が共感と普遍性を獲得するのは、主観の限界を、一旦、超越しているからだ。絶対的な主観に縛られて独り善がりにならない。その離人症の立ち位置が、普遍的な創作力の原動力になっている。

記者や報道関係者の、主観(主体)を遊離し、再度、新たに結合する。そこに、共感と普遍性を獲得できるヒントがある。草間彌生氏のスタイルから感じることだ。

離人症的に自分という意識から遊離し、さまざまな視点を取り込んだあとに、再度、新たに結合することで、共感と普遍性を獲得できるのではないか。共感と普遍性は、メディアの信頼性にも寄与するはずである。

(Written by 有園雄一)

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