教養の出発点は、「日本人とは何か?」

山折哲雄×上田紀行(その1)

与えられた問いは解けるが、自分で問いを設定できない

上田:そうですね(笑)。私の世代は、中学・高校で入試に出ない科目も勉強しましたが、今の子たちは入試に出ない科目は最初から切ります。その時間を入試に出る科目に充てたほうが点数がよくなりますから。

その結果、何が生まれるかというと、当然、その科目の内容しか知らない子たちが出てくる。その子たちは、ほかの誰かが与えた問いはエレガントに解けますが、そもそもこの世界で何が問いなのかがわからない。自分で問いを設定することができない。

この問題をどうしても越えなければいけないので、私は宗教と教養にもう一度戻って考えたいのです。

宗教がすごく必要だなと思うのは、ひとつはやはり単なる道具としての人間ではない何ものか、たとえばエロスやタナトスへアクセスしていく術として、宗教はいい意味でも悪い意味でもたいへん優れている。

たとえば、「人間とは何か?」とか「生きているとは何なのか?」「死とは何なのか?」、あるいは「人間の欲望とはいったい何なのか?」「それは肯定されるべきものなのか、否定されるべきものなのか?」。

「いい意味でも悪い意味でも」というのは、その宗教を信じるか信じないか、肯定するか否定するかという葛藤そのものが、自分を深め、そういう何ものかへアクセスしていく入口になる。これが第1点ですね。

第2点は、なぜ、われわれが社会の評価というシステムに盲従しているかですが、それは根源的な安心感や安寧感がないためでしょう。

「すべてを失っても、この世の中で支えがあるんだ」とか、「何ものかによって個を継承していて、それを次代に流していく私は入れ物なのだ」とか、「どんなに失敗してボロボロになっても、どこかで誰かが私を見ている」とか。

それがないために、この社会の中での評価のみに縛りつけられ、つねに人の目を気にしている。こういう行為をすればあなたはいい評価で落ちこぼれにならないし、スクールカーストの中でも排除されずに教室の中で居場所が与えられるんだよ、となる。世間というものにがんじがらめになっていく。

この世の中に支えがあれば大きな自由を獲得する。その支えの根本に、宗教があるのではないかと考えています。

(司会:佐々木紀彦、構成:上田真緒、撮影:ヒラオカスタジオ)

※ 続きは10月15日(火)に掲載します

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