救急車の中で出産せざるを得なかった母の声 「北の町に住む母たちを覆う厳しい現実」前編

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救急隊も、この1件には危機感を持った。富井さんが出産した救急車を出した紋別地区消防組合では、その後、妊婦を模した人体模型を使った本格的な分娩介助演習が3度に渡って実施された。担当した警防係・千葉裕文さんによると、同署は紋別市の周産期医療の現状を考慮し、以前から分娩介助法についての講習を繰り返してきたが、さらなるレベルアップを図った形だ。

紋別市は、妊娠の届け出に来た妊婦に「母子手帳」を交付する際、本人の承諾が得られたら消防署にその女性の住所や出産予定施設などが登録される仕組みも作っている。

しかし、車中分娩は、そもそもそうなること自体が不安だ。富井さんはこの騒動に懲りて、救ちゃんの次の子は再び札幌で宿泊分娩をすることを選んだ。3児の母になった今も、陣痛のクライマックスのさなかで味わった不安を忘れることができない。

筆者が1月に走った紋別から遠軽に至る道路。冬は雪と氷が消えることはなく、気温は零下20度を下回る日もある(筆者撮影)

私は今年1月、富井さんが出産中に走った紋別―遠軽間を走る機会を得た。

行きかう車はほとんどなく、どこまでも白い世界が続いていた。紋別では、本当に雪がひどい時の救急搬送では、雪かき車が先導して救急車が走ることもあるという話も聞いた。

冬は雪と氷が消えることはなく、気温は零下20度を下回る日もある。その日の最低気温は零下11度だったが、地元の人たちは誰も寒いとは言わない。オホーツクでは、零下10度後半にならないと、寒い日には入らないらしい。

どこに住んでいる人でも、現代医学の恩恵を受けながら産みたいのは同じだろう。かといって医療が高度化し、産婦人科医・新生児科医のなり手も少ない今、それが可能な人員と設備を備えた病院をたくさん作ることは不可能だ。

「集約化」は現代における出産医療の基本的な構造

そこで大学の医局は各地の病院から医師を引き揚げ、大学病院もしくはその他の基幹病院に人員を集める「集約化」を進めてきた。医療資源は限られているので、そうして効率化を図るしかない。そして、基幹病院以外の病院は、リスクが小さい妊娠のみを扱う。これが現代における出産の医療の基本的な構造だ。

しかし、都市部で出産施設を集約化するのと、オホーツク地域のような気候も地理的条件も厳しい地域で集約化を進めるのとでは住民の負担がまったく違う。病院が遠い女性は、妊娠にそれなりの覚悟が要る。

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