救急車の中で出産せざるを得なかった母の声 「北の町に住む母たちを覆う厳しい現実」前編

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富井さんは身長が140センチと小さい。このような女性は難産の可能性が少し高まるため「ハイリスク妊娠」とされる。そのため富井さんは、経産婦だが地元病院には受けてもらえず、片道約1時間の距離にある隣町・遠軽町にある遠軽厚生病院に受け入れてもらった。こちらの病院には当時3人の産科医がいて、中程度のハイリスク妊娠を受け入れていた。

富井さんは、最初の出産では札幌に住む姉のところに身を寄せての宿泊分娩だったが、今度は上の子もいるので、隣町の病院で産むことにした。

陣痛の波が5分間隔に

富井さんの出産は進みが早く、夕暮れ時、用事で夫と町にいると「陣痛か?」と思われる張りがやってきてみるみる間に強くなってきた。時計で測ってみると、陣痛の波は、きっちり5分間隔で繰り返しやってくる。

「まさか」

富井さんは気が動転してきた。陣痛は、予定日が近くなると軽い陣痛が不規則に来ることが多いが、10分以内の間隔で繰り返すようになると「本格的にお産が始まった」というサインだ。

「このままだと生まれてしまう! どうしよう」

不安にかられた富井さんは近所にある実家に行き、実母が付き添って、救急車で遠軽に駆けつけることになった。

救急車はすぐにやってきたが、富井さんはもう動けず、 隊員に何か聞かれてもうめくことしかできない状態だったので救急隊員のストレッチャーで車中に運ばれた。

救急隊は、いざという時に備えて分娩介助の知識は学んでおり、最低限の器具も積んでいる。とはいえ、選べるものなら、医師や助産師がいるところに行くまではお産にはならないほうがいい。ましてや富井さんは「ハイリスク妊娠」に分類される妊婦。そもそも地元の病院で受けてもらえなかったぐらいだ。

陣痛の勢いは止めようもなく、まもなく車内に産声が響いた。窓の外は、山並みが遠くにうっすらと見えるだけの暗闇だ。実母が聞いた。

「ここはどこ?!」

「湧別(ゆうべつ)町です」

混乱の中、せめて、わが孫が生まれた場所は確かにしておきたかった。湧別町は病院への道のりを半分ほど走ったところで、ブリザードの中、父親が娘をかばい亡くなったいたましいニュースが全国に流れた町でもある。幸い、救ちゃんの出産は北国にも春が訪れる4月末のことだったが。

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