祈っても願っても理想の政治はやってこない 失敗の歴史だけが蓄積し、安定した野党が育たないのはなぜか

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個人の集合とは違う組織としての政党

なぜ、日本では政党、特に野党がなかなか安定せず、政党交付金につられて新党を作ってしまうのか。一つの要因は、政党についてのルールが非常に緩いことに求められる。

多くの国が、組織の法的な地位や、代表者選定、内部組織の作り方、会計報告や監査のあり方、選挙の候補者選定の方法などを政党についてのルールで規定している。日本でも、民間企業や公益法人、一般法人、NPO法人は、法律に従って内部統制を行っている。

このような規定は、単なる個人の集合とは違う法人格を持つ組織に対して、適切な社会的責任を求めるものなのだ。組織という結合は個人で実現できないような成果を可能にするが、しばしば責任の所在が不明確になるからだ。

しかし、こと日本の政党に関しては、先に挙げた二つの法律の条件を満たしさえすれば自動的に法人格を付与され、それ以上の規定はない。政党についてのルールが緩いのは、政党が危険視され、民主政治にとって必要不可欠な組織であると、なかなか認められなかったからだろう。

『明治政党論史』(1998年、創文社)明治期における政党の論じられ方から、現代の政党についても深く考えさせる好著

「不偏不党」という言葉があるように、「党」や「党派」は、私的な利益を追求し、社会に害悪をなす存在として忌避されがちであった。

必要悪として存在を認めるとしても、組織というより公的な目的(伝統的な言い方をすれば「大義」)を同じくした個人間の自発的・水平的な結合であるべきだとされてきた。

日本の場合は、政府が組織としての政党を抑え込もうとしてきたことも大きい。山田央子『明治政党論史』によれば、メンバーシップを確立し、一定の目的の下に組織化された近代的な政党組織は「政社」と呼ばれ、集会条例による取り締まりの対象になっていたとされる。

さらに、中澤俊輔『治安維持法』が明らかにするように、人権を抑圧する手段となった悪名高い治安維持法も、当初から言論を取り締まろうとしたのではなく、共産党を念頭に反国家的な「結社」を対象としたものだった。このように政府からの取り締まりを受けて、政党自身も組織と見なされることを忌避し続けてきた。

組織としての政党が危険視されてきたのは、政治家のみならず有権者を含めた多くの構成員が、一定の目的の下に協業することで、大きな成果を上げる可能性があるからだ。

ともすれば党派性をむき出しにして私的利益に走ってしまう政党の悪影響を抑えるためには、はじめから組織として認めなければよいということになる。しかしその代償として、個々の政治家がバラバラで政党が組織として成立せず、その潜在的な能力が摘み取られた。

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