記憶をたどれば、確かに見合いしたときから、高村は怪しかったかもしれない。
ひと目見て、恋に落ちた
都内、某ホテルのティーラウンジに私が京香と伴っていくと、入り口付近の柱の前に、濃紺のスーツを着た精悍(せいかん)な顔立ちの男性、高村が立っていた。
「あ、写真よりもずっとすてき」
高村を見つけたときの京香の顔が、一瞬華やいだ。細身のスーツをスタイリッシュに着こなし、お見合い市場には珍しいちょいワルふうだった。37歳の女性の申し込みをこれほど見た目のいい同い歳の男性が受けたというのもお見合いでは珍しい。男性はできるだけ若い女性と会いたがるものだ。
京香と高村の引き合わせをして私はホテルを後にしたのだが、そこから1時間半後、お見合いを終えた京香から、弾むような声で電話がかかってきた。
「今日の高村さん、お話もとても面白かったんです。交際希望でお願いします。今までお見合いしてきた人の中では、いちばんすてきな人でした」
そこから交際がスタートした。初めてのデートを終えた後に、京香からまたも電話がかかってきた。
「高村さんとお食事をして、すごく楽しかった。話題も豊富だし、食の好みがすごく合う。旅行が好きというところも同じでした。ただ……」
こみ上げてくるうれしさを押しとどめるような声で言った。
「デートの帰りに駅まで送ってもらったんですけど、別れ際に抱きしめられて、キスされたんです」
「ええええ~~ッ、キ、キス~?」
私は、思わず仰天の声を上げた。
合コンや友だちの紹介の出会いだったら、こうしたことはよくあることだろう。初めてのデートですっかり意気投合し、別れ際にハグして、キスをする。もしかしたらその先があったとしても、大人の男女のことなので周りがとやかくいうことではない。しかしここは、結婚相談所だ。
相談所には相談所のルールがある。その場のノリや軽い気持ちで相手を抱きしめたり、キスをしたりすることはあってはならない。ここは男女の遊び場ではないのだ。それをするときには、その相手と“結婚したい”という気持ちを固めて、具体的に結婚に向かう話をしてからだ。また、“男女の関係になることは、成婚とみなす”と、どの相談所も規約の中で謳(うた)っている。
私は京香の話に驚き、翌日すぐに高村の相談所に電話をした。事情を話すと、高村の仲人も私と同じように驚きの声をあげた。
私は言った。
「中西は、高村様に大変好意を持っています。抱きしめられたり、キスをされたりしたら、ますます気持ちが入ってしまいます。高村様が中西とこれから結婚へと真っ直ぐに向かってくださるなら、大人の男女がすることですから、私がとやかく言うことではありませんが……」
私の言葉を遮るように、今度は高村の仲人が言った。
「初回のデートでそんなことをするなんて、本当に申し訳ありません。彼は結婚相談所がどういう場所なのか理解していませんね。私が彼に電話をして、厳重に注意いたします」
と、その翌日、今度は高村の仲人から電話がかかってきた。
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