「読む人の心が痛む」漫画を描く男の激情人生 人気作は「20年間の引きこもり」から生まれた

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せっかくだから、いろいろ新しいことをしようと思った。今まで、バーで1人で飲んだことはなかったが、飛び込みで入って知り合いを作った。

ゴールデン街で飲んでいたら、知り合った人から「『宮本から君へ』を読んで人生が変わりました!!」と言われ、自分の作品が若者に影響を与えていたことを知った。ずっと断っていた、トークライブも依頼されたら出演することにした。

そして、女装をして街を歩いた。

「ホテルで女装して外に出たんだけど、この年であんなに緊張して、心臓がバクバクすることがあるとは思わなかったよ!!」

50歳を過ぎて人と会うようになって、時間の経ち方が遅くなったという。

「不思議なもので、引きこもって漫画を描いていた時はまったく人恋しくなかったのに、人と会うようになったら人恋しくなるんだね」

熱量の高い作品を描き続けてこられた理由

最後にあらためて、高い熱量の作品を20年以上にわたり描き続けてこられたコツはなんだったのか、うかがった。

「好きな作品だけ描いてこられたのはよかった。ほかの漫画家に話を聞くと、下積み時代に描きたくないものを描かされたなんて話も聞くから。つねにこの作品が遺作になってもいいと思える作品しか描きたくなかったし、描いてこなかった。

今までは後悔はなかったんだけど、『なぎさにて』という作品がこないだ打ち切りになっちゃった。それで『この作品は未完なので、死ぬまでに絶対に描き上げる』って宣言してしまった。やり残しができてしまった、ヤバイぞ!! って思っている(笑)」

『なぎさにて』は、新井さんがはじめて自分ではなく、他人に向けて、特に若い人たちに向けて描いた作品だという。

「結局、自分が好きなことを見つけるしかない。もし見つけられたら、人生勝利したと思っていいと思う。

こんなこと言うの青臭くって嫌だけど、人間いつ死ぬかわからない。老後のために貯金っていうけど、そもそも“老”まで生きられると思ってるのって? 人は死ぬ時は死ぬ。保険かけていたって仕方がない。若い子は『人生これしかない』って決めて、信じてることに一直線になる時代があっていいと思う。それで痛い目にあったってそれはそれでいいしね。

大人はそんな若い子に『そんな夢みたいなこと言ってるんじゃない』って言ってあげるのが優しさじゃないかな? もちろん、刃向かってきてほしいんだよ(笑)」

新井英樹さんは笑顔で優しいおじさんだけれど、話していると時折ギラリと刃が見える瞬間がある。それが、読む人の心をえぐる漫画を作る作者の一面なのかもしれないと思った。

冒頭で「誰彼かまわず新井さんの作品をすすめているわけではない」と書いたが、それでもやっぱりより多くの人に新井英樹作品を読んでほしい。

読んで、心を痛め、のたうち回ってほしいのだ。

村田 らむ ライター、漫画家、カメラマン、イラストレーター

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むらた らむ / Ramu Murata

1972年生まれ。キャリアは20年超。ホームレスやゴミ屋敷、新興宗教組織、富士の樹海などへの潜入取材を得意としている。著書に『ホームレス大博覧会』(鹿砦社)、『ホームレス大図鑑』(竹書房)など。

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