国家予算の26%をつぎ込んだ「人造石油」計画 山本五十六を苦しめた「エネルギー問題」とは
山本:皆さんそうおっしゃるけれど、あの当時の科学の常識からすれば、「水からガソリン」は、リアリティを持っていたのだと思います。本にも書きましたが、当時、物質のもとになる元素の「長岡-ラザフォード模型」が提唱されて、元素の物理的存在が確認された「科学の時代」でもあったわけです。それはまた、原子核の陽電荷の数を変えれば、水銀を金にできるとか窒素から酸素ができるなどと、中世の「錬金術」が科学的な装いをもってよみがえった時代でもあるんです。
確かに現代から見る過去の失敗は、愚かに見えることがありますが、それは、それが失敗に終わる、間違いだということを、現代に生きる私たちが知っているからです。現代の常識で過去を問うのはお門違いです。
たとえば、臓器移植手術とか、原発なども、臓器を人工的に作れるようになり、われわれには及びもつかない方法でエネルギーを生み出すことができるようになった未来の人から見れば、21世紀の連中は、他人の臓器を切り出してそれを植えるとか、核分裂反応などというアブナっかしいもので発電していた、とんでもない“野蛮人”かもしれません(笑)。
三田:なるほど。確かにそうですね。『アルキメデスの大戦』の準主役の山本五十六でさえ「水からガソリン」の詐欺師に乗せられて、霞が関の海軍省で実験をやってしまうのですから。
山本五十六は「美化」されすぎている?
山本:山本五十六は、真珠湾攻撃が大成功したことで、本当の姿が歪められたというか、「いい話」「美談」の尾ひれがつきすぎているような感じがします。米国での留学経験から英語に堪能といわれていますが、実際には英字新聞もすらすら読めるというには程遠かった。五十六にかかわるいろんな本がこれまでたくさん出ていますけど、史料に当たらず事実を裏付ける調査をしないまま書かれた本を孫引きして本が書かれて、またそれを基にした本が生まれて、「五十六の物語」がどんどん膨らんでしまって、実像が伝えられていないように思います。本書では五十六についての叙述も、日記などの「一次史料」に当たって書きましたが、五十六の真実は、まだまだやぶの中、わからないことが多いのではないでしょうか。
三田:確かに『水を石油に変える人』にも頻繁に当時の人の日記が引用されています。ものすごい時間と手間がかかる作業ですね。
山本:『水を石油に変える人』を思い立ったのが四十余年前です。私は阿川弘之さんの大ファンなのですが、彼が書いた『山本五十六』を読むと、「水からガソリン事件」のことが少しだけ出てくるんです。そこを読んだとき、なにか違和感を覚えたんですね。生き残った者たちの、おそらく彼らにとって都合のよいことだけで書かれているのではないか、と思ったのが始まりでした。本格的に資料収集を始めて二十余年、執筆には数年を要しました。