「上司」たる者、「部下」より偉いわけではない 肩書を巡る"勘違い"が会社をダメにする

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短命に終わらず会社の階段を上り続けるためには、、つねに自分自身を磨く努力を怠ってはいけないのです。今取り組んでいる仕事に対して、部下の人たち以上の熱意と誠意をもってのぞむ。部下をはじめ、周りの人たちに対してはつねに感謝の念を忘れない。部下からの進言、諫言に対しても素直に耳を傾ける。そして驕らず、日々の反省を怠らない。

そのような心掛けを持つことで、人間的な魅力というものが身に付いてくるのだと思います。「あの上司のために頑張ろう」。部下がそういう気持ちになれば、仕事の成果などは自然に上がっていくものです。

辞令が下りてそのいすに座った途端、態度が大きくなる人がいます。自分は偉いんだと言わんばかりに部下を顎で使い、言葉遣いまでも変わってしまう。最近そのような国会議員が話題になりましたが、そんな国会議員が秘書たちに尊敬されるはずはありません。

上司になったら謙虚になるべき

逆に新しいいすに座ったその日から、謙虚になり自分を高めようと努力するべきです。自分が前に出ることを控え、部下をことあるごとに引き立てるのが、正しい上司の振る舞いです。仕事を部下に任せ、忍耐強くその成長を待つべきです。肩書に見合った人間になるため、たゆまぬ努力をすることが必要なのです。

肩書は「偉いことを示すもの」ではないのです。その肩書の役割を果たしているかどうか、自問自答するためのものなのです。部下のほうも、上司がその肩書にふさわしい仕事をするように求める意味を込めて、肩書で呼ぶ必要があると思います。

極端な言い方をすれば、「社長が偉い」わけでもありません。「社長」も、役割を表しているだけです。社長としての役割を担っている人が社長なのです。肩書とは、そのようなものです。

肩書を上下関係ではなく、役割を表すためという意識を持ち、その役割の人は、その役割にふさわしい人物になるべく努力しましょう。また、部下も上司を肩書で呼びましょう。その際に「あなたは部長ですよ、部長と呼ぶのは肩書にふさわしい働きをしてほしいからですよ」という思いを込めましょう。

いわば、責任追及のために肩書で呼ぶべきなのです。もし肩書にそのような意味を込めず、肩書を飾りのように扱うのであれば意味はありません。以前の記事、「役職者を『さん付け』する会社が崩壊するワケ」でも書いたことですが、繰り返し指摘したいと思います。

江口 克彦 一般財団法人東アジア情勢研究会理事長、台北駐日経済文化代表処顧問

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えぐち かつひこ / Katsuhiko Eguchi

1940年名古屋市生まれ。愛知県立瑞陵高校、慶應義塾大学法学部政治学科卒。政治学士、経済博士(中央大学)。参議院議員、PHP総合研究所社長、松下電器産業株式会社理事、内閣官房道州制ビジョン懇談会座長など歴任。著書多数。故・松下幸之助氏の直弟子とも側近とも言われている。23年間、ほとんど毎日、毎晩、松下氏と語り合い、直接、指導を受けた松下幸之助思想の伝承者であり、継承者。松下氏の言葉を伝えるだけでなく、その心を伝える講演、著作は定評がある。現在も講演に執筆に精力的に活動。

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