極域磁場の転換、すなわち陽極と陰極が太陽で反転すること自体は、不思議なことではまったくない。これは11年周期で起きることであり、この11年のサイクルのことを「太陽周期」と呼ぶ。現在は2008年から続く第24太陽周期の最中である(ちなみに「1859年の太陽嵐」が起きたのは第10太陽周期においてである)。
その限りにおいて、このNASAによる対外発表は、あまり意味のないもののように思えなくもない。そのせいであろう、先ほども書いたとおり、わが国のマスメディアはこのことについて黙したままだ。
金融マーケットが太陽嵐の「被害者」になる可能性
しかし海の向こう側においては、まったく事情が異なっている。たとえばドイツの代表的な週刊誌「デア・シュピーゲル」は2013年8月12日号で太陽物理学の研究者であるトッド・ヘクセマ米スタンフォード大学教授の言葉を引用しながら、こう述べている:
●太陽周期の中間で、太陽における極域磁場の転換が発生する場合、これには強烈な太陽活動が伴うことになり、宇宙空間は「嵐」にも似た状況になってくる。
●その結果、粒子が大気圏の上層部にぶつかり、衛星通信に障害が出る可能性がある。また今年(2013年)の冬にはオーロラがとりわけはっきりと見えることであろう。
ドイツのメディアらしく、客観的かつ抑え目の表現ではあるが、要するに「1859年の太陽嵐のときと同じような出来事が地球上で発生する危険性がある」というわけなのだ。いや、もっと正確に言わなければならない。その後の技術革新、とりわけ電気通信手段の革新を前提にした場合、巨大な太陽嵐が今回発生するならば、「あの時=1859年」の比ではないほどの被害が生じることは目に見えているのである。
そしてそこで最大の「被害」の現場となるのが、金融マーケットなのだ。実物の紙幣として発行されているマネーは、世間で流通しているマネーのほんの一部であり、大半は電子データとして管理されている。いわゆる「信用創造」によってこのようなことが可能になるのであって、たとえばわが国の場合、「実物の紙幣」としての日本円は、「ヴァーチャル」な意味での日本円も合わせた金額の、実に5%しか流通していない。後者のような「日本円」は、インターネットなど電気的な通信手段によってやり取りされ、決済されているのである。
ところがそこに世界史上、まれに見る規模での「太陽嵐」が発生するならば、いったい何が起きるであろうか。目に見えない電磁波・粒子・粒子線は世界中の至るところ、特に先進国に張り巡らされた電気通信網の中に入り込み、そこでやり取りされている無数のデータを破壊し尽くすはずだ。その中には電子化された「マネー」や「有価証券」がもちろん入ってくる。そしてそれらもまた容赦なく、太陽からの目に見えないビームによって焼き尽くされていく――。
「そのような出来事が起きるのは、まったくもって信じられない。それにわが国は世界でも屈指の対外純資産を抱えた“金満国”だ。何があっても倒れるはずはなく、大丈夫なはずだ」
最近、若い「評論家」の方々がそう口々に叫んでいるようだが、私の目からすれば、まったくもって笑止であり、リスク・マネジメントを知らないお気軽な議論でしかない。結局のところ耳触りのよい愛国主義を語り、リスク・マネジメントの基本である「Think the Unthinkable」すなわち“考えられないことだから考える”というプリンシプルを語らない御仁たちの議論はエンターテイメントでしかなく、未来に向けた生き残りを考えるにあたっては顧慮に値しないのである。
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