片岡鶴太郎「定年後に遊ぶのでは遅すぎる」

自分の魂を喜ばせるのは何か知っていますか

私自身、大好きな人たちの声や姿をまねるうちに、役者として演じることにつながりました。幼い頃から大好きだった世界チャンピオンをまねるうちにボクシングのプロライセンスを取得。尊敬する画家の絵をまねるうちに、今度は画に引き込まれていきました。

あくまでも自分の心が歓喜することは何かを問いながら、楽しく、自由に、心からやりたいと思うことをやる人生を歩んでいます。

「まねる」ということは「学ぶ」ということ

私は芸人になる前もなった後も、「自分は絶対にできるんだ」というある種のうぬぼれや思い上がりに近い気持ちで、物まねに取り組んでいたような気がします。

そのうえで、私は何かを会得していくには「反復練習」しかないと思っています。これはどんな仕事、どんな物事でも同じ。「匠」と呼ばれるような達人でも、最初からうまくできたわけではなかったはずです。毎日毎日繰り返しているうちに、何かが見えてくるようになる。そこに至るまでの早道は反復練習以外にないと思うのです。

後にのめり込んでいくボクシングを始めたときも、絵や書に取り組んだときも、最初はあこがれの人の所作や作品をまねることから始めて、あとはひたすら反復練習に打ち込みました。

考えてみれば、これは私がずっとやってきた物まね芸の修練と同じです。

「まねる」ということは「学ぶ」ということにつながります。先輩や師匠のいいところをまねていくことが、自分が欲する物を手に入れるためのいちばんの手段なのです。

人間は「オギャー」と生まれて、まずはいちばん近い存在の母親から言葉を学んでいきます。母親が「ママ」といえば、「ママ、ママ」とまねをし、やがて母親の仕草や表情をまねするようになり、成長すると価値観もまねするようになってきます。そうして大人になって外に出て、今度は先輩や師匠をまねるようになる。これが物事の上達の本質だと思うのです。

そのとき、何を選択するかがとても大事になってきます。ただまねればいいわけではありません。間違ったところ、そんなところをまねしてもしようがないということをまねてしまうと、思っていたこととまるで違う方向に行ってしまうかもしれないからです。

最終的に自分が何を欲して自分の物にしたいと思うのか。その「肝」のようなものを意識することが大切だと思います。

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