世間では、団塊の世代ががんや心筋梗塞などの手術好発年齢となり、また「高齢出産の増加」=「帝王切開の増加」など、手術患者数は増加の一途、麻酔の需要は増える一方だった。国会では、産科や小児科と並んで麻酔科医不足が審議に挙がり、大阪の公立病院が年俸3500万円で麻酔科医を募集したニュースもあった。
しかし、供給サイドでは、女医率上昇もあって実質的な勤務医のマンパワーは増加していないし、私の勤務先を含む多くの大学病院はマトモに残業手当すら払う気配がない。働けば働くほど、よりかかってくる弱者(を自称する同僚)は増え、仕事も増えていった。(自称)弱者は本能的に寄生できそうな同業者をかぎつけるらしく、ある同僚の仕事の穴を埋めると、すぐに似たような人材がすり寄ってきた。
アラフォーでフリーになるまでの過酷な日々
私は手術や麻酔が好きだった。難しい長時間手術も心肺停止の蘇生も、それなりに楽しんで対応していた。だからといって、40時間連続労働や、それを40代以降も続けることに、そしてそれが改善される見通しのないことに、だんだん疲弊していった。当直明けかつ40時間連続労働の帰り道、うっかり居眠り運転をして赤信号無視で交差点を渡り、激しくクラクションを鳴らされてハッとしたこともあった。
世間では「40代小児科勤務医が過労を訴えて病院屋上から投身自殺」「30代医師が当直明けに交通事故死」といったニュースが散見されていた。「これ以上、こんな勤務医生活を続けたら、過労死か医療事故は必発」と思い、アラフォーで逃げるようにフリーランスに転身した。
その結果、私の年収は約3倍になり、1年のうち350日は自宅で寝られるようになった。と同時に、私がかつての同僚たちにいかに貢いでいたかを実感した。かつて私を苦しめた医師不足は、フリーになった今となっては追い風となり、営業などせずとも仕事の申し込みが途切れる気配はなさそうだ。中堅医が辞めた後の大学医局はますます弱体化し、そのことも麻酔科医不足にさらなる拍車をかけ、フリーランス医師への仕事の安定供給の一因となっている。この転職者の体験記には、とても親近感を覚えている。
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