ワープア勤務医の敵は開業医ではない
いわゆる「医師不足」とは「勤務医不足」であり、もっと正確に言えば、「当直や残業可能な勤務医の実働部隊不足」である。「勤務医のブラック労働」と言っても、すべての勤務医が過労死スレスレではなく、「週2コマの外来以外、何をしているかよくわからん副院長の爺医」的な医師も、それなりに存在している(特に公立病院)。
ワープア勤務医の多くは、開業医を恨んではいない。自分たちを搾取しているのは、開業医ではないことを知っているからだ。事業仕分けでは「開業医は楽で儲かる」と評されたが、あまりに無能・怠惰な開業医からは患者も職員も逃げるので、市場に淘汰される。「儲かっていない開業医は借金がかさむ前に廃業」するので、「目につく開業医は儲かっている人ばかりに見える」とも言える。現在の日本の法律では、常勤の勤務医を「無能である」ことを理由に解雇することは困難だし、日本の大病院の多くは公立病院なので、「下手に患者を任せると死人が出そう」なレベルな人材には、適当な閑職をあてがって問題を先送りしがちである。その結果、「週2回、半日ずつしかオープンしない」開業医は淘汰されるが、同レベルの勤務医は同僚や税金に寄生しながら、定年まで組織にしがみつくことが多い。
大学病院など、ほとんどの大病院は、今なお典型的な日本型報酬体系を取っている。すなわち報酬額は年齢でほぼ決まり、同期の間では大差はなく、高齢になるほど高額になる。当然のことながら人間の能力は均一ではなく、仕事は有能者に集まり、「あの人に頼むとヤバい」と自他ともに認める無能者は定時に帰宅できたりする。その結果、実質的な時給は、無能なほど高くなりがちである。特に麻酔科は仕事の発注者が外科医であり、その道もプロである。患者(=シロート)相手ならば、話術や身なりで誤魔化せても、外科医や看護師には有能無能はバレバレである。
また薬物中毒で急死したマイケル・ジャクソンのように、ヤブ医者が麻酔薬をテキトーに扱うとマジで死人が出てしまうので、麻酔科においては「仕事は有能者に集中」する傾向が著しい。また、大病院はたいてい救急病院でもあるので、有能者は24時間365日態勢で働かざるをえなくなり、有能な医者ほど超過勤務の「過労死」ラインはあっさり超える傾向にある。
前回の記事に書いたように、大学医局という組織から、若手から中堅の実働部隊が減る一方で、「高齢」「病気持ち」「育児時短」「(自称)うつ病」などフォローの必要な人材は組織にしがみつき増える一方だった。教授や病院長などの、管理者に窮状を訴えても、「弱者にやさしい」「みんなで支える」という美しいが空疎な言葉をかけられるだけで、誰も助けてはくれなかった。そもそも日本型組織における「みんなで支える」は、「(発言した本人以外の)誰かが支える」が真意であることが多い(少なくとも私の勤めていた大学病院ではそうだった)。「女性活用」の美名の下、「子持ち女医を甘やかせるほど名院長」という風潮となり、「ママ女医制度を創設」した教授がマスコミでもてはやされたが、時短女医に代わって残業や当直を遂行するのは院長や教授ではなかった。
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