そういう考えで経営をやっておれば、むしろ不景気はたいへん結構です、不況は歓迎ですということになるわけや。なぜならそういうときに自然の理法にかなったやり方をしておらんところは苦労するけど、自然の理法に従って素直にやっておるところは発展するからや。とらわれず、力まず、のんびりやっておれば商売は、発展する。ムリがいかん。自然の理法にのっとっとらんのがいかん。きみ、こんな簡単なことはないやろ。経営は、一面そういうことが言えるんや。もし、きみ、経営をやっておって悩むようなことがあったら、自然の理法にかなったやり方をしておるかどうか、反省してみたらええよ。
おぼれて死にそうになったこともあった
うん、からだか。大丈夫や。心配せんでええよ。こないだまで少し疲れておったけど、もうすっかりようなった。わしはそう簡単に死にはせん。
だいたい、わしは若いころからからだが弱かったやろ。肺病やな。そのころの肺病はほとんど死ぬんやな。商売してしばらくしたら、また具合が悪くなってな、入院しに行ったんや。それまではあかん、あかんと言われながら、カネがない。治療なんか受けられへんかった。まあ、商売始めて、多少そういう余裕もできたからな。
そいで、そのとき病院に行くことにしたんやけど、その途中で、3べんほど血を吐いてな、そんな大げさに言うほどではないけれど。わしの家族はみんな肺病で亡くなっておるんや。だから、もう、あかんと思ったな。覚悟するというか、来るべきものが来た、そんな心持ちであった。けど、その病院には1カ月ほどいてな。ほんとうはもっと入院しとらんといかんかったんやけど、もう、いやになってしもうてな。その時も死なんかったな。
こういうこともあったな。わしが15ぐらいのころやったかな。築港(ちっこう)の埋め立て地にあった工場に臨時雇いで、ポンポン蒸気の船に乗って仕事に行っておったことがあるんやけどな。ある日の夕方や、帰る船の船端(ふなばた)に夕涼みがてら腰かけて休んでおったら、そこに船員の人が船端づたいに歩いてきたんや。ところが、ちょうどわしのところまできたら、どういう拍子か足を滑らせてな。海のなかへ転落してしまった。それだけならええけど、落ちるときに、わしをつかんでな。まあ、つかまろうとしたんやろうな。それでわしも海に落ちてしまった。さあ、たいへんや。
わしは多少泳ぎはできたけど、なにせ不意打ちを食らったようなもんやから、ただ手を動かし足をばたつかせて、浮いたり沈んだりしておった。必死にもがきながら、もうダメかいなと思っておったところ、何度目かに水面から顔を出したときに、行き過ぎた蒸気船がこちらへ来るのが見えた。ああ、助かるかもしれん。そう思った。そして助けられたんやけど、これがそのまま気づかずに船が行ってしまっておったら、あるいは冬の寒いときなら、助かっておらんわけや。このとき、わしは死なんかった。
わしは何度ももうだめやと思うようなことに出合ってきたけど、その都度不思議に生き抜いとるんや。そやから、わしのことを、きみが心配してくれるのはありがたいけど、大丈夫や。だいたいな、戦(いくさ)しとってな、矢弾がとんでくる。そのなかで矢弾に当たる大将もおれば、同じようにしていながら、矢弾に当たらん大将もいる。わしは矢弾に当たらんほうや。
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