死を衰退とみるのも誰が考えたかと言えば、人間自身や。宇宙が死というものは衰退やと言うておるのでもなければ、自然がこれは衰退だと言うておるのでもない。まあ、いわば人間が勝手にそう解釈して、そう言っておるに過ぎんわけや。どう見るかは、人間の自由ということになれば、宇宙万物は生成発展しておる。そういう見方をしたらいい。そういう見方のほうが人間の幸せにつながるやないか。
また、人間が誕生してから今日までのことを考えてみても、生成発展というふうに考えたほうが、理にかなっておると思うな。
きみ、そうやろ。人間最初の姿から考えれば長い年月、どれほど長い時間がたっておるのか、ようわからんが、その長い歴史を通観すれば、徐々にではあるけれど、そこに生成発展の理法が働いておる。わずかではあるけれど、そこに進歩の過程を見ることができる。原始の昔に比べれば人間は発展をしてきておると言えるわけやな。
もし生成発展する、そういう特質が自然の理法によって与えられていない、また自然の理法自体が生成発展の本質を持っておらんとするならば、なんで人間の歴史は、発展の過程なのか。そやろ。衰退する、というなら今日のような姿にはならんわけや。だから自然の理法が生成発展だという考え方も一面言えるやろ。
ものごとは、この自然の理法にのっとっておるならば、必ず成功するようになっておる。成功しないのはこの自然の理法にのっとっていないからで、それは自分にとらわれたり、なにかにこだわったりして、素直に自然の理法に従うようなことをせんからやな。
経営は必ず成功するようになっている
企業の経営でも同じやで。経営はもともと成功するようになっておるんや。それが、ときとして成功しない。うまくいかないのは、経営者が自然の理法にのっとって仕事を進めておらんからや。やるべきことをやる、なすべからざることはやらない。そうしたことをキチッとやっておれば、経営は一面簡単なものや。
朝が来れば夜がくる。夜が来れば朝がくる。四季は順繰りに巡り、春になれば花が咲く。天地自然は、なすべきことをなし、なすべからざることをなさないとすれば、物を売った代金はちゃんと頂く、物を買ったらすぐに代金を払う。約束したことはキッチリ果たし、必ず信頼に応える。こういうことは自然の理法や。自然の理法にかなったやり方をすれば、経営は必ずうまくいく。
いい物を生産し、販売し、安価で、多くの人たちに満足されるような品物を扱えば、商売は繫盛する。自然の理法に即した商売のやり方をすればお客さんが大勢やってきてくれる。ごくごくあたりまえのことをすれば、商売とか、経営というものは、必ず成功するようになっておるんや。
それを自然の理法にそぐわないような、あるいは反するようなことをしておって、それでうまくいくはずはないな。自然の理法に、素直に従って経営を進めておれば、知らんうちに、うまく進んでいくんや。自然の理法は、ものごとをうまくいかしめるような生成発展の性質を持っておるからや。だからな、経営というものは原則として必ず発展し続けるもんやで。
よく景気が悪いからどうもうまくいきません、不景気やからだめですという人もいるけど、本来ならばそういうことはないわけや。自然の理法に従ってやっておれば、決して商売が停滞するというようなことはない。むしろ、発展する。経営というものは、だからどこまでもどこまでも発展し続けることができるんや。
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