ノーベル賞大隅氏が説く、「役に立つ」の弊害 「面白いから研究する」という人が減っている

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――最近ではサイエンスが世の中にどう役立つか、という観点が重視されています。

そのことは非常に危惧しています。「役に立つ」というキーワードの蔓延は、人間社会の劣化の表れだと思う。「社会の役に立ちたい」という学生が増えているが、ほんとうに役に立つとはどういうことか答えられない。企業なら数年で製品化できることが求められるだろうが、科学研究には100年後に検証されるようなものがたくさんある。安易に「役に立つ」ということを考えるのはよくない。

戦後は貧しい時代だったが、理学系の研究では役に立つかどうかを考えなくても、やりたい研究ができる環境があった。国立大学の研究者であれば、年間100万円などそれなりの研究費用の配分があり、その中で好きな研究に打ち込めた。主流からはぐれた人でも許容される社会のほうが健全だ。

「役に立つ」と言わされ続けることの「害」

ところが、最近では、地方の国立大学の研究室では研究費が年間7万円などということもある。これでは何もできない。企業もポンとおカネを出す時代ではなくなっているし、公的な研究費は競争的資金で、獲得するには「どのように社会に役立つか」を説明しなければならない。研究費を確保するために、研究者同士が潰し合いになっている。

研究費の出どころは公費なので、成果も問われる。成果を2年後に出すことを求められると、2年でできることしかやらなくなる。達成できないとおとがめを受けるからだ。おとがめとは、次の研究費をもらえなくなる、あるいは減らされるということ。そうなると研究は続けられなくなる。一度失敗するとネガティブスパイラルに陥ってしまう。そのせいで大きなチャレンジができなくなっている。基礎研究には失敗はつきものだから、敗者復活ができる社会でないといけない。

研究者の仕事が、若い人から見て魅力的であることも必要だろう。金持ちになるとかノーベル賞を取るとかいうことではなく(笑)、やりたい研究ができ、主流でなくてもそこそこ生きていけるレベルの収入があればいい。そうでないと、優秀な人でも(収入が約束されている)安全な道に行ってしまう。研究費を取るために「役に立つ」と言わされ続けることが、研究の世界を害している。

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