ノーベル経済学賞「不完備契約の理論」の意義 情報が不完全な中、どのように契約を結ぶのか

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オリバー・ハート米ハーバード大教授(左)とベント・ホルムストローム米マサチューセッツ大教授(右)(写真:新華社/アフロ)

2016年のノーベル経済学賞(正式名称はノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞)の受賞者が10月10日に発表された。受賞したのは、オリバー・ハート米ハーバード大教授と、フィンランド出身のベント・ホルムストローム米マサチューセッツ工科大教授。「契約理論への功績」が受賞理由だ。

雇用契約や保険契約、株主と経営者の間の契約など、両氏はさまざまな依頼人と代理人の契約がおのおのの利害をいかに調整するか、そのメカニズムと設計の処方箋を提示した。こういうとどこに新しさがあったのか、わかりにくいが、経済学説の大きな流れの中でみれば、「人々は将来の結果がわからない」という不確実性の要素をミクロ経済学に取り入れたことに新規性があるといえるだろう。

よく知られるように、現在の新古典派経済学はいくつかの重要な仮定を置いている。その中で最も強力なものは、「人々はすべての情報を知っている」という情報の完全性と「人々は将来の結果をすべて知っている」という確実性の仮定だ。こうした仮定の下では、人々が自己利益の最大化を目指して利己的に行動しても市場が社会の利害を自動的に調和させ、効率的な経済状況が実現するという理論が成立している。

情報の不完全性をどう処理するか

だが、問題は現実社会はそのような仮定とは大きく違っているということだ。そのため、近年は情報の不完全性を前提としたミクロ経済学の構築が盛んだ。過去のノーベル経済学賞を見ても、「情報の非対称性」に関連する功績を理由とした1996年受賞のジェームズ・マーリーズとウィリアム・ヴィックリー、2001年受賞のジョージ・アカロフ、マイケル・スペンス、ジョセフ・スティグリッツが挙げられる。経済主体が不完全な情報しか持たないことが市場の調整機能を阻害することを理論的に分析しているのが特徴だ。

また2007年受賞のレオニード・ハーヴィッツ、エリック・マスキン、ロジャー・マイヤーソン(メカニズムデザイン理論が受賞理由)、さらに2014年受賞のジャン・ティロール(市場支配力と規制の分析が受賞理由)も情報の不完全性が分析上のカギになっている。このようにノーベル経済学賞の顔ぶれを見ても、新古典派の仮定を現実に近づけ、理論の微修正を図る取り組みが近年、一定の評価を得ていることがわかる。

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