NASAではロシア語の到達度は9段階にレベル分けされていて、大西の没入訓練前の成績は真ん中だった。訓練後に試験を受けると1つ上のランクに到達した。そのランクは、ソユーズ宇宙船で船長を補佐するフライトエンジニアに要求される語学レベル。パイロット出身であり、フライトエンジニアを目指す大西が絶対に到達したい目標であった。
「ロシア語習得について高い効果があったし、手応えがあった」と大西は言う。さらに大きな収穫があった。ロシア人独特のコミュニケーションや考え方がわかったことだ。たとえば「笑顔」について。
「アメリカ人はつねに笑顔で人当たりがよくて、例えばエレベーターで初めて会った人とも盛り上がったりしますよね。うち解けやすいのですが、実は、そこから一歩踏み込んだ親密さになるまでには、かなり時間がかかります。一方、ロシア人は初対面のときは無愛想な人が多いです。まず笑顔がない。
僕らにとって、コミュニケーションを円滑にするうえで笑顔はポイントのひとつ。その感覚からすると、初対面のとき『怒っているのかな』と少しひいてしまいそうになる」と大西は言う。だが、ロシア人は怒っているわけではなかった。
「ロシア人は面白いときに笑うのであって、なぜ最初から笑う必要があるのだというわけです。それが理解できれば、ロシア語で話しかけるだけでとても喜ぶし、コンサートで聞いたチャイコフスキーの音楽がすばらしかったと言えば、次の日に『このCDを聞いてみて』と持ってきてくれる。最初のとっかかりさえクリアすれば、むしろ親密になりやすい」という。
”1人オペラ”するほどの演劇好きが活きる
実は、大西の趣味は「ミュージカル鑑賞」。この趣味が宇宙飛行士選抜試験でも役立った。最終試験で「自分の特技で場を和ませること」という課題が出た際、大好きな劇団四季の『夢から醒めた夢』を一人二役で演じ、迫真の演技に大喝采を得たのだ(ちなみに、その様子はNHKドキュメンタリー番組で放映され、大きな話題になった)。
それまで冷静に試験をこなしてきた大西が「本当の自分」をさらした結果、「こんなに面白い人なんだ」とメンバーがうち解けやすくなり、チームの雰囲気を変えた。「実際は、みんながスゴイ特技を見せるので『負けたくない』と半ばやけくそでやったんですけどね」(大西)。
この大西の趣味がロシアでの交流でも効力を発揮したようだ。「バレエなどを鑑賞するのが本当に楽しくて、すばらしいと連呼すると『こんなに熱心に見るのはおまえが初めてだ。興味がなさそうな生徒もいるのに』と喜んでもらえました」。
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