バリキャリ金融女子が料理家に転身したワケ ニューヨークで本当にしたいことを見つけた

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ちょうどそのぐらいのタイミングで、リーマンショックが起こりました。職を失った人も財産を失った人も沢山いました。その時に金融業界にいた人達はみんな考えたと思います。「一生この仕事でいいのだろうか」と。私も仕事にやりがいはありましたが、「おばあちゃんになってもこの仕事をしているのかな?」と考えた時に、「多分していない」と思ったんですよね。そこで「職を変えるなら今しかない!」と思い、すぐに退職をし起業することを決意しました。

NY流おもてなし料理教室が生まれた経緯

起業するなら漠然とフード関係の仕事をしたいと思っていましたが、実績もない私が突然「お料理教室を始めます!」と言っても誰も来てくれない可能性が高い。 でも私は有名シェフの知り合いもいましたし、アイディアも沢山ありました。そこで最初はあるセレブシェフとコラボレーションをして、シェフがデモンストレーションでお料理をするのを、日本人のお客さんに日本語でご説明するイベントを開催しました。それからレストランやワインセラーを巡るツアーなど色々なイベントを企画しました。

私はこれまでアメリカ人のホームパーティや企業のイベントにたくさん参加してきました。そこで気づいたのは、ニューヨークでのおもてなしやパーティの仕方は、日本とは違いエンターテイメントに溢れているということです。その経験から、アメリカ人のパーティで学んだアイディアやエッセンスを、日本人の皆さんとシェアできるようなお料理教室を開きたいなと思うようになり、料理だけでなく、テーブルトップやフラワーアレンジメント、音楽、香りなどの空間プロデュースまで含めた料理教室をスタートしました。

料理教室では毎回テーマを決めてそれに合わせたコーディネートをしていきます。例えば、バレンタインがテーマだったら料理にマゼンタピンクのカラーを取り入れたり、バラの香りがするデザートをお出ししたり。音楽やテーブルコーディネートもとことんロマンティックに演出します。そんなお料理教室に参加した生徒さんから「ここは普通のお料理教室じゃない!五感をフルに楽しませてくれる3Dなお料理教室ですね!」などと感動していただくことも多く、私自身やりがいを感じています。

私はどうせやるなら、普通のお料理教室はやりたくないと思っていました。というのも、ウォール街で働いていた時にトップから「うちの会社は普通の人はいらない。何かに突出した人になりなさい!」と教えられてきたからです。だからまだ誰もやっていないこと、そして他の人がマネできないことをしたいと思ったのです。これってニューヨーカーが常に目指していることでもあると思うのです!

私はニューヨークに長年住み、お客様の接待で素敵なお店にもたくさん行き、お洒落なパーティや感動的なおもてなしを色々見て学んできました。そして日本人にアメリカ株を売ることを通して、日本とアメリカの架け橋となる仕事をしてきました。だから、ニューヨークのエンターテイメントが散りばめられたパーティやアメリカならではの食材や調理方法を日本人にお伝えするお料理教室にしたいと思ったのです。

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