「僕は借りたものを返せ、所有権のなくなった家から出ていってくれと言っているだけ。確かに、自殺した飲食店の店主のようにまじめに働いていたのに、資金繰りに行き詰ってしまった人もいました。でもだからといって死ぬことはないでしょう。店を畳むことだって、親戚に相談することだって、最悪、自己破産という手だってあったはずです」
正当性を声高に主張するわけではない。心底、不思議でたまらないといった様子で語るリョウタさんにとっては、むしろ医薬品販売会社での営業がいちばん苦痛だったという。
「たとえば、頭痛薬なんて3日飲んで治らなければ、病院に行ったほうがいいんです。でも、売り上げを上げるには、どんどん飲めと言わなきゃならない。そんなウソ、僕にはつけませんでした」
一理あるような、ないような――。
多重債務や行きすぎた取り立ては社会問題にもなったし、グレーゾーン金利など現在はサラ金業では原則、無効になったものもあり、リョウタさんの仕事のすべてが胸を張れるようなものだったとは、私には思えない。いずれにしても、彼からは「自殺した人を思うと心が痛んだ」といったたぐいの、取材者が期待しがちな「美しい話」は聞くことができなかった。
年収は800万円から280万円に
転職を繰り返す中、多いときは800万円ほどあった年収は右肩下がりで、現在はダブルワークをしても280万円ほど。年齢が高くなるにつれ、雇用形態は契約社員やアルバイトなど不安定になる一方で、仕事が見つからない期間も増え、貯金を切り崩す生活が続いた。賃貸住宅の家賃を滞納して追い出されたこともあったし、1人息子が扶養家族だった頃は一時的に生活保護を受けたこともあったという。
心残りなのは、息子を大学に進ませてやれなかったことだ。
「奨学金という選択肢もありましたが、結局は借金を負うことと同じでしょう。息子は僕に気を遣って勉強が嫌いだからと言って進学しませんでしたが、本心はどうだったのか」
現在は、家賃約6万円の賃貸住宅に夫婦2人暮らし。貯金はゼロ。妻はずいぶん前に体を壊して以来、働くことが難しいという。糖尿病の診断基準であるHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)の、リョウタさんの最新の数値は11.7%で、いつ合併症を発症してもおかしくない危険水域である。今後、夫婦の医療費が増えることはあっても、減ることはないだろう。
「コンビニのバイト代を日払いにしてもらっているので、なんとか生きていけています。でも、いつまでこんなダブルワークを続けることができるのか。老後のことが不安にならない日はありません」
リョウタさんと話をしていて、ひとつ、違和感を覚えたことがある。
彼がコンビニの仕事に就く前に勤めていた人材派遣会社で担っていた、派遣労働者を送り出す仕事を振り返りながら、派遣労働者を強く批判したのだ。この会社ではノルマこそなかったが、派遣先から寄せられる派遣労働者の能力の低さや働きぶりに対するクレーム処理に追われたという。
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