「若者の酒離れ」は本当か(上) 答えは「NO!」鍵は、万博世代の息子たち

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テレビが家に来たのは、ものごごろついてから。1964年、東京オリンピックの少し前だったと記憶しています。当然、白黒テレビ。

電話も、各家庭にはありません。私の実家は商売をしていたので、早めに引いたようでしたが、電話をもたないご近所さんが数軒いて、そこに電話がかかってくると、呼びにいくのは子供だった私の役目でした。

テレビがカラーになったのは、確か、大阪万博が開かれた1970年頃。万博のシンボルだった、岡本太郎作の「太陽の塔」が、初めてカラーテレビで見た映像だという記憶があります。

ビジネススクールは、「異文化の学校」

今回お話をうかがった山下氏は、某ガス会社の上級研究職。国立大の理系学部を卒業後、1983年に入社、その後エネルギー関係一筋にキャリアを積み重ねてこられた方です。

「初めて、海外へ長期で滞在したのは、1996年。イギリスのマンチェスター・ビジネススクールへ3カ月行きました。ヨーロッパ各国、アメリカをはじめ、中国や日本からやってきた合計40人くらいで、ヨーロッパ統合について学ぶサマースクールでした」

「それまで、新婚旅行をはじめ、海外旅行は何度か経験がありましたが、3カ月とはいえ、実際に生活をするのは初めてでした。いろいろな驚きがあり、とても新鮮な日々でした」

マンチェスターといえば、産業革命期に栄えた、イギリス第二の都市ですよね。確か、ビートルズの歌にも、「マンチェスター&リバプール」という歌詞があったような。

「もともと毛織物で栄えた商業都市で、リバプールとの間に鉄道が敷かれてからは、輸出で大いに潤ったらしいです。ビートルズは、僕よりちょっと上の世代かな? ポップミュージックにも、社会的というか、政治的なメッセージを読み取ろうとする世代の……」

確かに。ビートルズに私たちが出会ったのは、最盛期を過ぎてから、というか、洋楽といえばむしろ、ラジオから流れてくる、ストーンズやレッド・ツェッペリン、ザ・フー、T-REXやデヴィッド・ボウィ。

私の場合は、初めて買ったレコードが、サイモン&ガーファンクルの「sound of silence」でした。好きでしたね。S&G!

「そう、僕たちの世代にとって、いいか悪いかは別にして、政治とポップ・ミュージックは必ずしもセットじゃなかった。ロックにしてもフォークにしても、洋楽は洋楽として、そのまま楽しめたんですよ。何か、いい感じ、って」

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