英国EU離脱で「欧州と世界」はどう変わるのか EU研究第一人者の北大遠藤教授が分析

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これらが進まない理由は、それぞれドイツの反対や各国警察当局の猜疑心など様々だが、他方で、必要とされる集権化は、別の論理でも構造的に制約される。すなわち民主主義の論理である。

EUは直接選挙による欧州議会を持つが、それと人々とのつながりは弱く、民主的正統性は希薄なままである。

そもそも欧州次元の民主的政体を支える「欧州人」はほぼ存在しないといってよい。政治的公共空間は各国ごとに分断され、そのナショナルな空間でのみ民主主義が機能している。したがって、イギリスが国民投票をすると、それに対抗できる欧州大の正統性は創り出しえないのである。

EUは構造的に行き詰まっている

「皆で決めた」という正しさ感覚が欠如したなかで集権化をすると、どういう根拠でEU(あるいはよく表象される言い方だと、EUの首都「ブリュッセル」)がその権限を持ちうるのか、すぐに異議申し立ての対象となる。だから、EUは前に進めないのである。

さらに、もう一つの深刻な問題が現在のEUには忍び寄っている。それは、人権や法の支配といった基本的な価値が深く共有されておらず、各国ごとにまだらなことである。周知のことだが、現在のポーランドにおける「法と正義」党政権は、反自由主義的な政策を打ち出し、裁判所やメディアの独立を脅かしている。

ハンガリーのオルバン首相は、風見鶏のようなところはあるものの、権威主義的であり、難民流入時においてみせたように、ときに排外主義的でもある。オーストリアでは、5月の大統領選挙でこそ、緑の党の候補が僅差で極右自由党のそれを退けたが、のちにその結果は破棄され、今秋やり直しの選挙が行われる。EUがみずから立脚すると、ありとあらゆる公式文書に書き入れてきた基本的な価値が、このように蝕まれるとき、それは理念的な危機を迎えているということを意味する。

EUはこうして構造的に行き詰まっている。ここから先は推察の領域だが、もし上記の民主的正統性の希薄さや周辺国における反自由主義の興隆という事情が変わらないとすると、集権化の意思を持つ中核的な加盟国が再結集し、EUの枠内で一層の統合を推し進める可能性がある。

その場合、現在のEUを構成する28加盟国よりも狭いサークルで、独仏などの原6加盟国を核とし、そこから現在19か国のユーロ圏までの幅で、理念と意思を確認しあい、必要とされる措置を先行的に取っていくことになろう。

これは、EUの同心円的な再編シナリオである。言ってみれば、「1部リーグ」が原加盟国に数か国を加えたインナーにより形成され、「2部リーグ」にそれ以外のEU加盟国が残る。1部と2部を分ける論理は、いくつか考えられるし、相互に排他的でもなかろうが、たとえば人権や法の支配で劣後すると考えられる国は「2部落ち」を余儀なくされよう。他にも、通貨統合への持続的参加が危ぶまれる国も「2部落ち」の可能性がある。さらにその外縁に、非EU加盟国からなる「3部リーグ」が形成され、シェンゲンの加盟国だがEUの枠外にいるノルウェーなどはそこに位置しよう。

イギリスは、たとえ国民投票で残留を選んでいたとしても、すでに「2部落ち」を自ら選択していたともいえる。というのも、キャメロン政権が国民投票に向けて2月にEUと交わした妥協案により、同国は「特別の地位」を得、「絶えず緊密化する連合」からの適用除外を勝ち取っていたからである。さらなる統合への意思を持たない国として、自他共に認めていたことになる。

結果として離脱を選んだとき、イギリスは2部でなく3部かそれより外縁のポジションを得ることにしたのであるが、いずれにしても再編は避けられなかったかもしれない(欧州同心円的秩序の図示イメージ)

このようなインナー形成の例として、イギリス国民投票直後に開催された「原6加盟国」外相によるベルリン会合があげられよう。外された形の東欧の加盟国からは直ちに批判が浴びせられたが、これは6カ国の「本家本元意識」の現れであり、危機の時に浮上したということ自体が興味深い。また、実は以前からルクセンブルク出身のユンケル欧州委員長は、東欧諸国を念頭に置いて、都合の良い時だけEU枠を使う「パートタイム欧州人」がいると批判し、ドイツを中心に原加盟国に偏ったEU運営をすることで、逆に批判を浴びる存在であった。

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