今後も「6カ国会合」があるかどうかわからない。独メルケル首相はその枠に批判的であるとも伝えられる。それが持続・発展しなくても、ユーロ圏の首脳会合や財務省会合は以前から頻繁に開かれており、こちらがベースになる可能性もある。仮にギリシャで再度政変が起き、債務不履行の危機になれば、そのときにギリシャをユーロ圏から切り離し、「2部リーグ落ち」を余儀なくする可能性もないわけではない。
イギリスの離脱は、こういった再編パンドラの箱を開けてしまった。その再編は、おそらくリーグ分別の方向を示しているように思う。ただし、繰り返しになるけれども、その前提は、独仏など中心国の民主主義が排外主義・反EUの方向に変質しないことである。
欧州複合危機の時代
2010年代のEUは危機だらけだ。もともとユーロ圏が深刻な危機に見舞われていたところ、ウクライナ危機が始まり、またギリシャ発でユーロ危機が二度も再燃した。そのうち、中近東から100万を超える大量の難民が押し寄せ、3000人以上の難民がその過程で命を落とし、域内の自由移動をつかさどるシェンゲン体制が機能不全に陥り、しまいにはパリにおける同時テロで130名、ブリュセルでも35名の犠牲者が出た。今度は、このイギリス離脱劇である。
これは「複合危機」といえよう。複数の危機が同時進行し、お互いに連動し、EUのみならず国内の統合をも脅かす段階にまで来ている。間違いなく、戦後の欧州政治史・国際政治史のなかで第一級の変動期にあると言えよう。
ただし、それらの個別危機があらわにした断層・対立は、必ずしも重なり合っていない。ユーロ危機では南北間、とりわけドイツとギリシャの間の対立が激しかった。
それは、難民危機では、どちらかというと東西間、たとえばドイツとハンガリーのような対立にとってかわり、ドイツの利害はギリシャのそれと重複し、一部共闘していた。また、ウクライナ危機やテロ事件では、むしろEUの結束は、個別利害の違いにもかかわらず全体として高められる方向に左右し、イギリスの離脱劇は、他の加盟国を一時的にせよ団結させたところもある。
逆に言えば、これらの対立軸や断層が重なっていたら、EU内の分断は深く耐えきれないものとなっていた可能性が高い。その軸はズレており、それぞれの対立は重い課題を示しつつも、当面、政治的に分散・対処可能なものなのかもしれない。
独仏などの中心国では、2017年にかけて大きな国政選挙が待ち構えている。これはEUの政治指導の在り方に直結し、複合危機への対応、ひいてはEUの再編を左右する。注視すべきはそこである。
グローバル化、国家主権、民主主義は三すくみ状態
このイギリスのEU離脱の事例は、世界を揺さぶった。それは、株価や為替の数字上の話にとどまらない。先進国が抱えるグローバル化、すなわち資本主義と、国家主権、民主主義のあいだの緊張関係を、劇的な形で「見える化」してしまったのである。
ダニ・ロドリックは主著『グローバリゼーション・パラドックス』(柴山佳太・大川良文訳、白水社、2013年〔原著2011〕)で、〈グローバル化=国家主権=民主主義〉はトリレンマ(三すくみ)状態にあり、同時に3つは並びえないと論じた。
たとえば国家主権と民主主義の連結により、労働や金融など選択的に市場を閉めると決め、グローバル化に背を向けることはできる。また、国家主権がグローバル化と結びつき、民主主義を犠牲にすることも可能だ。あるいは、国家主権はこのさい犠牲にして、グローバル化と民主主義を選び、グローバル・ガバナンスと世界民主主義の組み合わせを構想することもできる。けれども、3つを同時に成立させることはできないというのである。
ロドリックの議論は、現代における「先進国リスク」を暗示している点で優れている。それは、実際のところ、国家主権と民主主義の相性が抜群で、グローバル民主主義など不可能であることから、この3つが正三角形の関係に立たず、並べた段階で論点を先取りしている観もあるのだが、ほぼ例外なく民主主義的である先進国の悩みを言い当てているのである。
つまり、中国のような一党独裁国やシンガポールのような権威主義国は、主権とグローバル化の組み合わせで前進できるのに対し、先進国は、自国の民主主義に敏感足らざるを得ない分、グローバル化が一層深化すると、トリレンマに陥らざるを得ないのである。
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