音楽の力で、被災地の子どもを励ます男 新世代リーダー 菊川穣 エル・システマジャパン代表理事
ここで、エル・システマの来歴を少し説明しておこう。
エル・システマとは、英語のThe Systemに当たるスペイン語だが、石油経済の専門家で政治家、かつ音楽家でもあるという異色のカリスマ的リーダー、ホセ・アントニオ・アブレウ氏が創出した独自の音楽教育の仕組みを指す。1975年にアブレウ氏が地元の音楽の素人集団と結成したオーケストラが実質的な出発点となった。
ベネズエラは南米屈指の石油資源国だが、当時はいま以上に貧富の差が大きく、スラム街などでは十分な教育を受けられずに非行に走る子どもも多かった。アブレウ氏は、こうした社会の底辺層の子どもたちを貧困や組織犯罪から救い出す手段として、音楽教育を核とした非営利の社会活動ネットワークづくりに着手。どんな家庭境遇の子どもでも、無償で楽器を与えて適切な指導を行えば、短期間に人前で演奏を披露できるレベルまで上達すること、仲間同士での相互の学び合いが子どもの意欲を引き出し教室全体の一体感を生むこと、音楽に夢中になる子どもの姿が家族や地域全体に好影響を与えること、などを実践を通じて証明してきた。
初めは民間からの寄付に頼っていたエル・システマだが、アブレウ氏は活動を全国に広げ定着させるべく、ベネズエラ政府に積極的に働きかけて公的予算を獲得。現在、エル・システマは政府から年間70億円規模の支援を受け、約40万人の子どもたちが国内300カ所近くの教室で活動に参加するまでになっている。
エル・システマは、プロの音楽家を生み出す仕組みとしても注目される。教室で力をつけた優秀な子どもたちを集めた「シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ」は海外公演の依頼が絶えない人気楽団で、そこから輩出された指揮者ドュダメルをはじめとする音楽家は世界じゅうで活躍し、エル・システマの広告塔の役目も果たす。
08年以降、ドゥダメルとエル・システマについて米国CBSがドキュメンタリー番組を放送したことや、アブレウ氏が09年にTED(「世界に広めるべきアイデア」の講演活動を主催する非営利組織)賞を受賞し、氏のスピーチがユーチューブ等で広く視聴されたことなどをきっかけに、エル・システマの知名度は急上昇した。今年初めにはアメリカ人音楽教育家による“Changing Lives”というエル・システマについての著作も刊行された(邦訳書は近く小社より刊行予定)。
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