音楽の力で、被災地の子どもを励ます男 新世代リーダー 菊川穣 エル・システマジャパン代表理事

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話を菊川さんとエル・システマの出合いに戻そう。

菊川さんも08年ごろ、ドゥダメルの演奏を聴いてエル・システマの存在を知り、その活動に深く興味を持ったという。だが、「日本のように幼少時から音楽教育が盛んで経済的に恵まれた国には、社会運動としての音楽教育はなじまないのでは」という先入観があった。それは多くの日本の音楽関係者も同じだったようで、「音楽愛好家の多いこの国で、エル・システマを日本で本格的に導入しようという動きがこれまで実現しなかったのもそのため」だろう。

だが、マクウィリアム氏からスコットランドでのエル・システマの話を聞くうちに、国や地域によってエル・システマのあるべき姿や役割はさまざまだということに気づく。特に、スコットランドの場合も地方都市では少子高齢化が進んだり、経済が沈滞化したりで日本の状況に似た部分がある。「日本とエル・システマとの接点が見えた気がした」。また、災害を受けた地域の復興という視点でエル・システマに取り組んだ例はどこにもなく、大震災を経験した日本だからこそ挑戦する意味は大きい。

「相馬ならできると直観的に思った」

そこからの菊川さんの動きは慎重ながらも速かった。ユニセフの活動で知り合った相馬市教育委員会の関係者に相談を持ちかけ、昨年12月のある日曜日の夕方、同委員会の事務所で最初の会合を開催。そこには地元の音楽愛好家グループも同席し、中にはエル・システマのドキュメンタリーと見たという人もいた。会合では、相馬でエル・システマの活動を具体化するために必要な手順や手続きなどについて、胸襟を開いて議論をした。その結果、市の教育委員会が主導で行うことが望ましいこと、そのために時間をかけてじっくり取り組む必要があること、などを確認した。

「国連の仕事で学んだのは、支援する側の都合で物事を進めてはいけないということ。支援を受ける側の事情を考えず、自分たちの都合で行った援助が、結局は役立てられなかった例をいくつも見てきた。その経験があったから、ここでは相馬の人たちのペースに合わせてじっくり時間をかけ、熟成させていこうと考えた」

「相馬ならできる、と直感的に思ったのは、援助に全面的に頼るのをよしとせず、資金であれ物資であれ、『支援は自分たちがお願いしたいものだけでいい』という自立心の強い土地柄だったから。自分たちの地域で作り上げるという気持ちがなければ、本物のエル・システマにはならない」

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