音楽の力で、被災地の子どもを励ます男 新世代リーダー 菊川穣 エル・システマジャパン代表理事

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帰国後は、洞爺湖サミットとタイミングを合わせて開催された「ジャパンJ8サミット」(G8各国を中心とする世界の中高生が世界の問題について話し合う国際交流事業)のコーディネーター役として、日本ユニセフ協会に入った。

少々複雑だが、ユニセフ協会は「ユニセフ」という名前は冠しても、国連機関のユニセフと組織は別で、ユニセフの活動を支援するために「日本での寄付集めやPR、政策提言などを行うことを目的とした団体」だ。菊川さんは、いわば援助を行う現地での最前線の活動から、その活動を支える後方支援の活動に軸足を移したことになる。

ところが、東日本大震災後の被災地で、菊川さんが国連のフィールドで培った現場での「調整」力が生かされることになる。それは、日本が一時的とはいえ、「援助する」側から「援助される」側に転じたことと無縁ではない。

震災直後、国連機関のユニセフは日本政府に対し支援を申し出たが、政府は支援要請を出さなかった。そのため、ユニセフはユニセフ協会にスタッフを出向させる形で現地支援に取り組むことになる。東日本大震災緊急支援本部が設置され、ユニセフと協会の両方の経験を持つ菊川さんがチーフコーディネーターに就任。当初は医療面の支援が最重要課題だったことから、アフガニスタンやソマリアといった紛争地域などで実地経験を持つ日本人医師を東北被災地各所へ派遣、現地で医療体制を構築するための調整役を務めた。

心に突き刺さった小学生の言葉

ただ、時間が経つにつれ、必要とされる支援内容はしだいに変わっていった。ライフラインが復旧し、医療や物資も行き渡るようになると、外部からの支援者やボランティアは徐々に減っていく。外見上は復旧が進んでいるように見えても、大切な家族や友だちを亡くしたり、家を失ったりした子どもたちが負った心の傷は大きく、そこに寄り添って持続的にケアする必要がある、と菊川さんは感じていた。

そんなとき、ある小学生の言葉が菊川さんの心に突き刺さった。

「相馬の復興はこれから20~30年はかかることと思います。それは私たちの人生そのものでもあります。私たちは相馬市の未来づくりに役立つ人間になれるよう、しっかりと学び、考えていきたいと思います」。

昨年11月21日にユニセフ協会が主催した「相馬の子どもが考える東日本震災発表会」で、男子小学生が自分たちの発表をこう結んだのだ。10歳前後の子どもにとって、震災からの復興はまさに人生を懸けた長い戦いになる――。菊川さんはこの言葉に大きな衝撃を受け、今でも思い出すだけで涙が出てくるという。

10年、20年と腰を据えた支援を続けるにはどうしたらよいか。真剣に悩み始めていた菊川さんに、ユニセフ親善大使として被災地入りしていたベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のホルン奏者、ファーガス・マクウィリアム氏がこう言葉をかけた。

「東北でエル・システマをやってみないか。君だったらできる」

後でわかったことだが、ベルリン・フィルはエル・システマと10年以上の親密な関係があり、マクウィリアム氏自身、ベネズエラで現地の子どもたちに指導した経験を持つ。氏は08年に出身地スコットランドでエル・システマが発足する際の中心人物の1人でもあり、それだけに話には説得力があった。彼の言葉が菊川さんの背中を押すことになる。

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