5人家族が安心して暮らせるよう、町田氏はさまざまな工夫を間取りに盛り込んだ。たとえば、子どもが3人いると、母親もストレスがたまりやすい。だから、母親同士で交流して、子育ての悩みを共有してもらおうと、キッズリビングという概念を取り入れた。子どもの遊び部屋をダイニングの隣に設け、子どもたちを遊ばせながら、母親たちはお茶を飲みながらコミュニケーションをとる、というわけだ。
ほかにも、父親の書斎スペースの近くに子どもの勉強部屋を置いた。ファミリーライブラリーと名づけたこの部屋では、父親の働いている姿を子どもに見せることができるし、子どもがわからないことを父親に質問することもできる。
疎遠になりがちな父親と子どものコミュニケーションを誘発するための提案だ。最終的に、町田氏は30近くのプランを、この物件に落とし込んだ。
「この業界では、数値化されたときにはその情報が時代遅れになっていることが多い。お客様から話を聞いて、こういうことに困っているんじゃないかと洞察する。そこからエッセンスを抽出して、自分なりに咀嚼して、仮説を立てて、実行するんです」
街づくりのカギはアート?
新浦安で3つの大規模物件を手掛けた後、07年からは柏の葉に担当エリアが移った。今でこそ三井のマンションや「ららぽーと」が立ち並ぶ近代的な街並みだが、元々は三井不動産が保有するゴルフ場があった場所。05年につくばエクスプレスが開通するまでは何もない、大平原のような場所だった。
ただ、これまで人が住んでいなかった場所だから、ゼロから共同体を作らないといけない。街としてのアイデンティティがないと、魅力あるエリアには育たない。そこで、新浦安時代に培ったビジョンの大切さが活きる。
折しも、当時は不動産の証券化・流動化が生み出したミニバブルの時代。以前であれば、大規模物件を開発できる資金力のあるデベロッパーは限られ、規模が大きいこと自体が差別化につながった。
ところが、証券化のスキームによって、中堅以下でも大規模マンションが作れるようになり、マンション業界は付帯設備の豪華さを競う時代に移っていった。しかし、その競争が行き着く先は、勝者のない消耗戦でしかない。
柏の葉に必要で、なおかつ、豪華さとは別の方向性を打ち出すには、どうすればいいか。このときに立てた仮説が、ハードとソフトを融合させて、住民同士が連携する仕掛けを盛り込んだ大規模マンション、というものだった。
NPOによるクラブ活動で共同体の核を作り、街の各所に現代アートをちりばめることで、老若男女のコミュニケーションを促す。お膳立ては整えたつもりだった。
ところが、思わぬところで問題が起こる。建築家が建物の壁にアーティストの作品を埋め込むことに拒否反応を示したのだ。
「そのとき初めてわかったんですが、建築家もアーティストなんですよ。アーティストの作品の中に、ほかのアーティストの作品を入れるのは難しいでしょ。でも、お互い妥協ばかりだと、尖ったものがなくなってしまう。だから、正面からぶつかって、葛藤してもらう。
でも、お互いプロだから収まるべきところに収まる。だから、みんなには『私が決めます』と言ったけれど、とにかく話し合いの場を設けて、思いと思いを行き来させる役に徹したんです」
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