建築家が不満を口にしていると聞けば、彼の活動拠点がある京都にも飛んでいった。1年近くの調整作業を経て、ハードとソフトが融合した、コミュニケーションを誘発する大規模マンションのアウトラインがようやく固まった。
「われわれのようなマンション屋は、自分たちでマンションを建てることもできなければ、広告を作ることもできない。結局、ゼネコンや広告代理店にやってもらわないといけない。
じゃあ、嫌々やってもらうのと、面白そうだと思ってやってもらうのと、どちらがいいか。絶対に後者のほうがパワーが出る。
それを引き出すために、面白そうだと思ってもらえるビジョン、できるとワクワクする何かを作るのが、われわれの仕事なんです」
無茶な要望でも真摯に受ける
千葉支店に移る前の数年間、町田氏は等価交換物件を中心に担当していた時期があった。
等価交換とは、地主の土地にデベロッパーがマンションを建て、その土地の評価額に応じて、地主とデベロッパーが持分を取得するという開発スタイルだ。
必然的に、地主の要望もある程度は反映させないといけない。ただ、いくら検討しても実現できない要望はある。
「社内でやり取りしていると、こいつならこの程度までできそうだとわかって仕事を振ってくる。でも、社外の方は、無理なことも平気でおっしゃる。
そのときは真摯に受けて、真摯に返す。答えがイエスかノーかではなく、ノーであってもいったん受け止めて、自分なりに解釈して相手に戻す。それが信頼につながる」
町田氏の座右の銘は、映画「男はつらいよ」の主人公、車寅次郎の「お天道様は見ているよ」という言葉。
悪いことをすればバチが当たるし、努力していれば必ず報われる、という意味だ。飄々淡々としながら、それでいて常に相手に真摯な寅さんの生き方は、どこか町田氏に通じるところがある。
愛着のあるマンション開発の現場を離れて、現在、町田氏が汗を流すのは、まだ誰も踏み込んだことのない“暮らしの変革”という領域だ。未踏の領域をまかされたのは、社内の誰よりも自分の手掛けた家に住む人のことを真摯に考え続けてきたからではないか。
新事業がうまくいくか、考えるのは野暮ってもんよ。なあに、きっとうまくいくさ。どこかでお天道様が見てるんだから――町田氏への取材を終えたとき、そんな寅さんの声が聞こえた気がした。
(撮影:尾形文繁)
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