「やれ」ではなく「もったいない」が生徒を変える
そういうと図書館でおもむろに生徒を呼んだ。肩まで伸びた茶髪の生徒だが、「僕は西洋政治思想史に興味があります。ですが、その科目が教養総合にはなくて。特別に申し込んで作ってもらいました」という。将来はまだやりたいことがありすぎて未定だという。
――生徒の知的好奇心が高いですが、この好奇心を引き出す秘訣は?
1つのキーワードは「もったいない」ということです。「君にはこんな才能があるのに放っておくのはもったいない」と言うんです。「やれ」というのでは決して生徒は動きません。
生徒の中には絵を描くのが得意な生徒もいれば、料理が得意な生徒もいる。そこを一点強化すればいいんです。だから麻布にはいろんな人間がいます。麻布からは芸術系に進学する生徒の割合が多いのも、他の進学校とは際立って違う点でしょう。「飲み屋のオヤジから芸術家、政治家まで」。この多様性と独創性が麻布のDNAでしょうね。
――自由に生きる麻布生のどういう点に課題はあると思いますか?
これはどこの中高一貫校の男子校にも言えることですが、女性がいないことでしょうね。たいてい、大学に進学して、手痛く失恋する生徒が多いみたいですよ。これも1つの成長の糧になるから良いことだと思いますが。
また、もう一点、これは課題とはちょっと違うと思いますが、社会に出ると麻布時代とは真逆のエネルギーが働くといことです。麻布時代は何か1つのことをやろうとすれば、仲間の生徒も協力的だった。教員もよほどのことがない限り止めません。生徒の独自性が尊重されていたわけです。
ですが、社会に出たらそうはいかない。その前段階の就活から「ある一定の型にはめよう」という流れになるわけです。社会に出ればその力はもっと強まる。エスタブリッシュメント(権威)や階級が大きな価値観になっていたり、社会人として、歯車になることや、画一的であることが要求されます。これは麻布時代には全くなかった話です。ここでかなり苦労する。