人間のコミュニケーションにはロジック(論理性)とエモーション(感情)の2つの柱があるが、コミュニケーションによって相手に印象付ける際により大きな影響力があるのは「感情」の方だ。どんな正論も、強い感情を呼び起こすストーリーや、五感を刺激する見た目、ジェスチャー、声などのボディランゲージには勝てない。米大統領候補トランプも、話す内容はめちゃくちゃでも、自信に満ちた表情、ジェスチャー、「恐怖」や「怒り」を喚起する話法で、ここまで勝ち上がってきた。
感情がロジックを上回る力を持つのは、感情が、表情やジェスチャー、語感などを通じて直接、伝染し、相手の脳をハッキングするような効果を発揮するからだ。人が笑い、楽しそうにしていれば、自分もそういう気分になるし、悲しそうにしていると、悲しい気持ちになる。そうした「伝染効果」は、顔の見える対面でのコミュニケーションに起こることはわかっていたが、最近、ネット上でのコミュニケーションにおいてもそうした「感情感染」が大規模なレベルで発生することが分かってきた。
ソーシャルメディアは、巨大な「感情伝播装置」
この実証実験を行ったのが世界最大のソーシャルメディア、フェイスブックだ。2012年1月、社内のデータサイエンティストらによる研究チームは1週間をかけて約70万人を対象にニュースフィードのアルゴリズムを変更し、ユーザーのタイムライン上で、肯定的な投稿を増やしたり、減らしたりするという実験を行った。
研究の結果、ポジティブなニュースフィードが増えたユーザーはよりポジティブな内容を書き込み、ネガティブなニュースフィードが増えたユーザーはネガティブな内容を書き込んでいたことがわかった。
研究チームはこの内容を米国科学アカデミーの機関誌に「ソーシャルネットワーク上での大規模な感情伝染の実験的証拠」として発表。後に、この実験は被験者の同意を得ずに行われたとして、批判を浴びることになったが、ソーシャルメディアが「巨大な感情伝播装置」であるということを自ら明らかにしてしまったということだ。
その感情の中でも、ソーシャルメディアにおいて、最も支配的なのは「怒り」であるという実験結果も出ている。7000万人の中国版ツィッター、ウェイボー利用者を対象にした北京航空航天大学の調査で怒りの投稿は、喜びや悲しみ、嫌悪などといったほかの感情に比べ、最も早く、はるかに多くシェアされることがわかった。中国ゆえの結果ではないか、という声もあるが、昨今の世界中のネット上での「怒り」のまん延ぶりを鑑みると、一国だけに限った話ではない気もしてくる。
「怒りの暴露」を助長する要因になっているのが、実生活ではかかるはずの歯止めがネット上ではかからなくなるOnline disinhibition effect(オンライン上の脱抑制効果)といわれるものだ。サイバー心理学者のジョン・スラー氏は、前回挙げた匿名性のほか5つの要因を挙げている。
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