<激論 医療制度改革>間違った政策はこうして生まれた−−−高齢者医療・介護の第一人者と元政策当事者が真相を語る
小泉政権による医療制度改革に端を発した「医療崩壊」は、今や誰の目にも明らかだ。産科・小児科の窮状や地域医療の空洞化。もう一つの「決壊地点」が療養病床だ。療養病床は主に高齢者への医療・介護を担ってきたが、2012年までにその多くが削減される。行き場を失ったお年寄りが難民化するのではないかと危惧されている。
今回の対談者の一人、上川病院(東京都八王子市)理事長の吉岡充氏は高齢者医療・介護分野でのリーダー的存在だ。一方の村上正泰氏は元財務省官僚。厚生労働省出向中に医療制度改革の主軸である医療費適正化計画の作成に携わった。その際に目の当たりにした「政策決定プロセス」に強い疑問を抱いたという。村上氏はそのいきさつを『中央公論』08年3月号に寄稿。この論文に深く興味を持った吉岡氏からの提案で、対談が実現した。
村上氏の証言からは、国民の命を左右する医療制度改革が極めて安易に決められた経緯が浮かび上がった。機能低下した霞が関による荒っぽい政策に、私たちは命と健康を委ねようとしているのだろうか。
4月からの新たな診療報酬には産科・小児科救済の緊急対策が盛り込まれた一方、療養病床に関する政策は転換が図られることはなかった。吉岡氏は、新しく示された療養病床の移転先モデルには不備が多く、机上の空論ばかりだと指摘した。
吉岡 『中央公論』08年3月号で村上さんの医療制度改革に関する論文を読み、やっぱりそうかと思うと同時に、これを1年前に出していただきたかった。療養病床削減(※【1】)に代表される非常に安易な政策がすでに走り始めてしまった。このままでは、この国のお年寄りを守れないと感じています。
村上 小泉政権下での医療制度改革は郵政選挙直後に打ち出されましたが、政策立案担当者として「こんな決め方でいいのか」と内心では感じていました。当時は「郵政民営化は是か非か」の議論ばかりで医療は選挙の争点にならず、マスコミの報道も少なかった。自民党も小泉純一郎総理(当時)の下で大勝し、官邸の意向の前に党内議論もきちんとできない状況で、最後には自民党内の厚生労働部会でさえ強行採決のような形で終わって、法案提出に至りました。内容以上に意思決定プロセスに大きな疑問を感じました。
05年当時、私が在籍していた厚生労働省保険局総務課では、医療費適正化計画の一環として「平均在院日数を長野県並みに短縮する(※【2】)」という目標を策定しようとしていました。一方で、同じ保険局内の医療課は、医療療養病床の診療報酬点数に「医療の必要度に応じて評価する」という医療区分(下図)を導入し、医療区分3と2は点数を高く、1は低くするという“線引き”をしようとしていました。
この年の12月、診療報酬全体の改定率がマイナス3.18%と過去最大のマイナス幅に決まった(下グラフ)のを受けて、医療療養病床の医療区分1の報酬点数が経営的に成り立たない水準に引き下げられました。私も「そこまで下げて大丈夫なのか」と驚きを持って受け止めていましたが、漠然とした共通目標はあれ、省内の担当部署はそれぞれ別々のことをやっていたのです。
病院は医療区分1の患者を退院させざるをえない。その分、病床は減る。一方で、平均在院日数短縮計画がある。相互に密接に関係しながらも別々に検討されたこの二つの政策に整合性を持たせるために、単なる診療報酬点数上の線引きにすぎなかった医療区分に“基づいた”療養病床削減計画が急きょ、立てられることになったのです。
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