生命科学が解き明かした、驚きのウイルス像

ウイルスは生物か、それとも無生物か

国土地理院の地図では、1年間で最も潮が満ちた際の潮位(略最高高潮面)で海岸線を描いているらしいが、実際には一年に数回しか見られないような線を海と陸の境界と言われても、何か真っ直ぐに引かれた国境線のように人為的な感が拭えない。

それが証拠に、例えば陸地からの距離で定められる領海の定義には、これとはまったく逆の最も潮が引いた際の潮位(略最低低潮面)が海岸線として使用され、そこからの距離で領海の範囲が決められる。このように普通に考えれば、自明のものである、海と陸というまったく違った存在でさえも、その厳密な境界線というのは、そう簡単ではない。

「生」と「死」の境

では、逆に自然界にあるもので、明らかに境界が決まっているものとは何だろう? 人間にとって「疑いのない境界」というものが、何かあるだろうか? こう問われれば、幾人かの人は、「生」と「死」の境を頭に浮かべるかも知れない。

「生きている」ことと「死んでいる」こと、あるいは「生物」と「無生物」。そこには相互の往来が不可能で、侵し難い境界線があるように思える。分子生物学者の福岡伸一さんは、ベストセラー『生物と無生物のあいだ』のプロローグで、学生の時の大学教師が「人は瞬時に、生物と無生物を見分けるけれど、それは生物の何を見ているのでしょうか」と問うた、と書いている。確かに生物と無生物の間には「瞬時に見分けられる」違いがあるように、直観的には思いがちである。しかし、それは本当に、そんなに単純な話なのだろうか? 生物と無生物、その境界の深淵に横たわるようにあるものは、この世に存在しないのか?

実は、それはあるのだ。と言っても「物の怪」でも「妖怪」でもない。それは"ウイルス"という存在である。

ウイルスと聞くと、頭に浮かぶのはインフルエンザウイルスやエボラウイルスのような病原体であろう。動物や植物の病気、特に感染症の多くは微生物が原因となっており、普通、ウイルスもその一種と思われている。確かにウイルスは感染すると、宿主の中で増殖して子孫を残し、環境の変化に応じて進化し、そして他の病原微生物がそうするように病気を引き起こす。

その姿は、どう見ても、生きている生物のそれである。しかし、宿主細胞から離れると、単純なウイルスならタンパク質と核酸だけになり、ただの物質である鉱物のように結晶化させることさえ可能なのである。それはあたかも、陸と海の境にある波打ち際のようで、波が押し寄せてくれば(宿主細胞に入れば)、海(生物)のように見えるし、波が引けば(宿主細胞から出れば)、そこは陸地(無生物)である。

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