(第6回)<金哲彦さん・後編>スポーツで自分で考える力を会得できる

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(第6回)<金哲彦さん・後編>スポーツで自分で考える力を会得できる

●無名の新人、箱根五区で花開く

 大学時代は中村清監督との出会いにつきます。瀬古さんに憧れて早稲田に入ったのですが、入ってみたらすごく強烈な人がいた(笑)。

 高校三年間、結果的には全国大会にもいけなかった。特に、高校三年のときには貧血症状が出て、レースに出られなかった時期があり、まったく活躍できなかった。同じ頃、只隈くんも体を壊してしまって、二人とも泣かず飛ばずで終わってしまったんですね。  でも、高校時代に、私たちより強かった大牟田や大壕の同級生は、その後は活躍していないのです。多分、彼らは高校時代で燃え尽きてしまったのではないかと思います。私たちは燃え尽きるどころか、ますますエネルギーが出ていたからその後もがんばりましたけど(笑)。結果的には、それでよかったんじゃないかと思います。
 陸上の成績もよくなく、父親からは「医者か弁護士になれ」と言われ、当時、文系だったので弁護士を目指そうと思いました。弁護士になるには中央大学がいいといわれ、中央大学に行きたいと思ったこともあります。ご存知の通り、中央大学といえば駅伝も強い学校だから、高校の先生が、推薦入試の話をしてくれました。
「今は全然成績もないけど、中学のときもこれだけ走っていていい選手だからとってくれないか」と。しかし全然結果も出ていないから無理だといわれてしまった。そのとき、よく考えてみると、中央大学というのは、父親からいわれてなんとなく目指していたもので、やはり自分が憧れていたのは瀬古さん、そして「W」にエンジのユニフォームです。早稲田に入りたい、と受験勉強を始めました。そして、父親にいいました。
「今まで陸上ばかりで勉強もしていなかったから、合格する自信はまったくありません。申しわけないけど一浪させてくれないか。とにかくこの大学に行きたい」
 今度は父親もさすがに考えました。お酒を三杯から二杯にするどころじゃすまないですからね(笑)。でも、考えた末にやっぱり、 「お前がそこまで言うんだったらやってみろ」
 そう言ってくれ、私はまた感動して、現役で絶対に合格してやろうと必死に勉強を始めたわけです。そうこうして秋になると、体がだんだんよくなってきて、福岡県大会の駅伝に出場したら、私たちは二番でした。今までずっと三番だったのがやっとです。そのとき、区間賞をとったのです。そしたら、その区間賞の情報を察した中央大学の監督が、「この間の推薦入学の件だけど、枠ができたからいいよ」って(笑)。高校の先生が私に「喜べ!中央大学に入れるぞ」と言いにくるわけですが、私には全然その気がなく、父親と約束をして決心しているわけですから、お断りくださいってきっぱり断りました。幸いなことに現役で早稲田に入学できました。

 大学に入ると、端から見ると全然無名の選手ですが、エネルギーの塊みたいにギラギラしていたと言われます。同期で入学した選手は全国の上積みの選手ばかりで、全然かなわなかった。けど、必死で練習していくうちに、少しずつ、周りの選手に追いつき、追い越して、一年生の9月か10月頃には上位にきていました。
 中村監督というのは、神様のような雲の上の人で、練習前に聖書の話を持ち出したり、森羅万象の話などされて、3時間でも4時間でも話をする。やる気をおこさせる話をしてからトレーニングをさせるという毎日です。先輩たちは同じ話を何回も聞いて飽きているのですが、私は性格的にも素直に話を聞けるし、エネルギーもありましたから、いつも一生懸命話を聞いて言われた通りにめいっぱい倒れるまで走るような(笑)、そんな感じでした。そういうところが認められて一年生の秋に、中村監督から呼ばれ、「お前、登りは得意か?」と聞かれました。得意も何もわからなかったのですが、「いいえ」と言える状況ではなかったので、とりあえず「はい」と言いました。「それじゃあ、五区を走れ」と決まったんですね。
 これは中村マジックと言われています。まったく無名の一年生に、五区という重要なコースを走らせるということで、最初は当て馬じゃないかといわれていました。九州の田舎の、しかも全然強くない高校からきてるわけですから、こいつは名前が入っているだけで、きっと他の選手が走るだろうといわれていました。ところが当日走ってみると、強い学校を二人抜いて、記録も区間二位。一躍デビューです。あのときは、四位から二位まであがり、次の年は早稲田が30年ぶりに優勝しました。このときから四年間ずっと五区を走りました。

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