(第6回)<金哲彦さん・後編>スポーツで自分で考える力を会得できる

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●遠回りでも、自分で考える力をつける

 こうして振り返ると、要所要所でいい恩師と出会っていましたね。人にどう導かれるかは出会った人により決まります。中学、高校の先生、大学の四年間、今度は実業団に入ってからも人とのよい出会いがありましたね。

 また、昔は、練習にしても何にしても自分で考えなければいけなかった。インターネットなんかとんでもない、本もない。自分たちで、どうしたら速くなるのだろうと、少ない情報のなかから試行錯誤していた。だから、当たり外れはあるし、失敗も多かった。でも、人間って、試行錯誤することによって本質が理解できるようになるじゃないですか。いろんな側面からみていくので、そこがいい点だと思います。近道ではないかもしれないけど、人間としての力がつく。
 今は、情報がありすぎて、答えはすぐにでるかもしれない。ひょっとしたら、小学生でもインターネットやたくさんの本の中からベストな練習方法を見つけることができるかもしれない。試行錯誤することがないということは、遠回りせず、近道かもしれない。けど、考えている時間という貴重な時間がないので、「自分で考える」という、クリエイティブとも違う、「自力の力」「生きる力」「生活力」というものが養えない。何もない野っ原に放り出された時に生きていけるのか?と心配になります。私の子どもの頃だったらなんとか生きていけただろう。けれど今は、いろんなものを与えられすぎていて、そこに乗っかっていれば生きていける。果たしてそれでいいのか…と。トレーニングの方法も、すごく洗練されている。こうして考えてみると、ひょっとしたら自分で考えるという機会が少ないのではないかと思うのです。

 「考える力」はスポーツの世界においても大切です。スポーツにはコーチと選手がいて、スタートラインに立ってしまったら、そこから先は選手自身の判断でやらなければならない。また、トレーニングにおいても、コーチに練習のメニューを与えられたとしても、それを本人がどうとらえて走りに活かすかというのは、同じコーチが5人の選手に同じように教えたとしても差が出ます。それは肉体的な素質もありますけど、本人の考える力の差です。
 そうなるとまた、自分で考える力をつけさせるようなプログラムを考える大人もいるじゃないですか(笑)。これもまたどうかと思いますけどね。

 今の子どもは昔と違うと言われていますが、決してそうではない。走るということで小学生や中学生と触れ合っていますが、昔も今も子どもは変わらない。環境が変わったということでしょうね。特に物と情報が溢れ過ぎていて、頭で先にわかっちゃっている。本質をわかっているとは思わないけど、知識があるから、へりくつだけはいくらでもでてきますよね。

●体を動かすことの大切さ

 週5日制になったとき、体育の授業が減り、大学のカリキュラムでも、体育が選択制になり、体育を履修しなくても卒業できるようになったのです。スポーツの好き嫌いは別にして、体を動かす機会さえもない。私たちのようにスポーツやっている人間からみるとがっかりしますね。
 確かに、受験ということで考えたら、国語、算数、理科、社会となるのでしょうが、体を動かすということも非常に大事。一人の人間として生きていくためには、知識だけじゃなく、自分で考える力や人間関係も重要。私の経験上でも、それをスポーツで作っていけると思うのです。スポーツだけじゃなく、文化でも、音楽でも、芸術でもいい。ただ、ひたすら知識だけを詰め込んでいくということはバランスがよくないですから、部活動をやることもいいことだと思います。問題が起きた時にどう対処するかということと、クラスで嫌いな子がいてもつきあわなくていいけど、部活動ではそうはいきませんから、人間関係について学べます。  また、若者のエネルギーというのは同じなので、体を動かさないと、どこかでそれを発散するわけで、それがよくないことになる可能性もあります。
 日本が他の国と違うのは、スポーツ行政というのがほとんど存在しない。先進国にはたいていスポーツ省がありますが、日本の場合、文部科学省のなかの一部門でしかなく、全然力がない。国としても、一人の人間として考えたとしても、体育という、体を動かすということは大事なことで、それが減っていくしわ寄せがあるのではないかと思います。
(取材:田畑則子 撮影:戸澤裕司

金哲彦<きん・てつひこ>
1964年福岡県生まれ。
早稲田大学時代、箱根駅伝で活躍。4年連続で山登りの5区を担当。区間賞を2度獲得し、84年、85年の優勝に貢献。リクルート入社あと、87年に大分毎日マラソンで3位入賞。現役引退後、リクルート陸上競技部監督を経て、現在NPO法人ニッポンランナーズ理事長。マラソン・駅伝中継の解説、後進の指導、マラソンの普及活動に多忙な日々を送る。
著書に『 3時間台で完走するマラソン まずはウォーキングから』(光文社)、『 カラダ革命ランニングーマッスル補強運動と正しい走り方』(講談社)、『 金哲彦のタイプ別ランニング診断-フォームが「変わる!」「速くなる!」』(MCプレス)、『 金哲彦のランニング・メソッド』(高橋書店)など。
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