非情な世界を勝ち抜いた松山英樹の「無心」 「邪念」に変わったファウラーの優美な想い

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「3番ウッドの選択は間違ってはいなかった。でもボールはフェースのほんの少しだけ上部に当たり、そのぶん少しだけ左へ飛び出した」

76ホール目の17番はスイングもショットもミスだった。ファウラーのボールはグリーン左手前の池に落ち、ドロップ後の寄せはすでに生気を失って弱々しく、ピンににじり寄る力もなかった。パーパットも入らず、万事休す。そのあと松山が2メートルのバーディーパットを外したのは、もはやご愛嬌。松山の米ツアー2勝目は、かくして達成された。

ファウラーが流した悔し涙

惜敗に終わったファウラーの会見は痛々しかった。敗因を尋ねられると、数秒間、言葉に詰まり、言葉の代わりに涙があふれた。ファウラーの悔しさは2つあった。1つは、71ホール目の17番のティショット。

「完璧だと思ったけど…」

しかし、池に落ちた。ファウラーはそれを「不運だった」と言いながらも、不運だけでは片づけきれず、「なぜ落ちた?」という疑念が頭の中を支配した。そして、もう1つ。

「いちばんつらいのは、僕が優勝する姿を長いこと見ていない祖父や父に、ここで雄姿を見せてあげることができなかったこと」

愛する家族、愛する人々のために勝ちたい。その想いに駆られてプレーしていたことは、いかにも心優しいファウラーらしい。誰かのために勝利を目指す気持ちは、とても素敵で美しい。

そんなファウラーの優美な想いを、邪念と呼ぶのは悲しくつらく、非情に思える。しかし、TPCスコッツデールの大観衆の中に紛れ、自分の雄姿を心待ちにしている家族のために勝たなきゃという想いが、ほんのわずかでも彼のゴルフを揺らがせたなら、その想いが強すぎたために、あの71ホール目の17番のドライバーショットがバックファイアしたのなら、それは邪念と呼ばざるを得ない。戦いの世界は、それほどまでに非情なのだ。

松山にも、胸の奥底には、誰かのために勝ちたいという秘めたる想いはあったのかもしれない。だが、少なくとも17番のティグラウンドに立ったとき、彼は無心だった。

「16番が終わった時点では、今年も(優勝できずに)上位争いで終わるのかなと思った。17番でリッキーが奥の池に行って、まだ自分にもチャンスがあると切り替えられた。救われた。(そのあとは)ベストを尽くすことだけを考えた」

71ホール目の17番。ファウラーの心とゴルフを揺るがせた疑念と邪念。松山の無心。あれは転機に見えながら、実は転機にあらず。振り返れば、勝負はあのとき、すでに付いていた。

舩越 園子 在米ゴルフジャーナリスト

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ふなこし そのこ / Sonoko Funakoshi

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年にフリーライターとして独立。93年渡米。在米ゴルフジャーナリストとして新聞、雑誌、ウエブサイト等への執筆に加え、講演やテレビ、ラジオにも活動の範囲を広げている。『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『松山英樹の朴訥力』(東邦出版)など著書訳書多数。アトランタ、フロリダ、ニューヨークを経て、現在はロサンゼルス在住。
 

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