有言実行ジョーダン・スピースがすごすぎる

貧乏学生が3年足らずで世界一ゴルファーへ

家族と記念撮影するジョーダン・スピース。スピースの快進撃は、本人の才能、努力だけでなく、家庭環境が生んだものなのかもしれない(撮影:平岡純)
2015年にゴルフの世界ランキングトップに上り詰めたジョーダン・スペース。稼いだ賞金はなんと約25億円。少年時代のエピソードを紹介した前編に続き、後編では生活費を稼ぎたい一心でプロ転向を果たしてからをお届けする。22歳とは思えない落ち着き、精神力の強さ、そして実力。彼がトップに立った理由がわかる。
              前編記事:ゴルフ世界一「ジョーダン・スピース物語」

 

米ツアーで戦う興奮を16歳で味わったスピースが、プロの世界に強く惹かれたことは間違いない。だが、テキサス大学ゴルフ部へ進み、NCAA(全米大学体育協会)の数々のトロフィーを手に入れていたスピースが、その大学生活を切り上げてプロへの道を急いだ背景には「赤貧」という現実があった。

前編で触れた通り、ジュニアとみなされる18歳までは「ザ・サンダーバード」財団による経済的支援が受けられる。だが、大学生になると、その支援は打ち切られてしまう。両親からの経済的サポートも受けていなかったスピースの大学生活は困窮をきわめた。

「あのころの僕は、それはそれは貧しかった。プロになってマスターズに出ることは子供のころからの夢だったけど、あのころは夢のためではなく、生活費を稼ぎたい一心で、一刻も早くプロになろうと思い立った。失うものは何もない。賭けに出よう。そう思って僕はプロ転向を決意した」

綱渡りの転戦生活を送る中で初優勝

そのための最初の作業は相棒キャディを探すこと。とはいえ、キャディに払うおカネはなく、賞金が稼げる保証も戦う場そのものもない状態だったスピースが、プロキャディを雇うことは難題だった。

そんなとき、スピースの頭に浮かんだのが、現キャディのマイケル・グレラーだった。スピースは2009年に続き、2011年にも全米ジュニアを制し、翌年は全米オープンに補欠から繰り上がり出場してローアマに輝いた。そのときバッグを担いだのが当時ミドルスクールで教師をしていたグレラー。スピースにグレラーを紹介したのは、前編で触れた親友で現在は米ツアー選手のジャスティン・トーマスだった。

自分の相棒キャディはグレラーしかいないと感じたスピースは「教師を辞めて僕の専属キャディになってください」と懇願。結婚を控えていたグレラーは戸惑ったが、スピースの熱意にほだされ、学校に辞表を出した。

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