今の日本は敗戦間近の1940年に似ているのかもしれない《若手記者・スタンフォード留学記 37》



 軍事力という点でも、日露戦争時の貧乏海軍は、1922年のワシントン会議のときには、米英に次ぐ世界3位の海軍として世界に認められていました。人材面でも、明治維新を成し遂げ、日露戦争を乗り切った人間がまだ存命でした。

その日露戦争以来の国力増加がピークに達したのは、1920年前後でしょう。

第一次世界大戦終戦翌年のパリ講和会議--そこで、戦勝国として英米仏伊と席を並べ、日本が名実ともに大国の一員として認められたときが、戦前日本のピークであったように思えます。

日露戦争と似ているのはオイルショック

しかし、1920年前後から、転落が始まります。

第一次世界大戦が終わるや否や、不景気に突入。さらに、1922年のワシントン海軍軍縮会議で、海軍力を制限されるとともに、日英同盟の廃止が決定。そこに、1923年の関東大震災が追い打ちをかけました。人材面でも、1921年の原敬首相暗殺とともに、明治を生きた偉大な政治家の系譜が途絶え、政治が混迷の色を深めていきます。

この1920年前後は、1990年前後にそっくりです。

「大正の天佑」と呼ばれた第一次世界大戦時の好景気は、日本の実力とは遊離したものであるという点が、戦後のバブル景気に似ています。1980年代のバブル期にも、日本は、"ジャパン・アズ・ナンバーワン"とおだてられ、調子にのってしまった。

そして、関東大震災は、1995年の阪神・淡路大震災と重なります。戦前は1920年代後半から、戦後は1990年代後半から金融危機に襲われた点も同じです。人材面でも、1989年に退任した竹下登首相を最後に、日本に、いわゆる「首相らしい首相」はいなくなりました(竹下氏の評価は分かれますが、消費税導入など、後世に残る成果を挙げたことは確かです)。

こうして過去を振り返ってみると、日露戦争時の日本は、偽りの繁栄で株価最高を記録した1989年よりも、国民が心を一つにして、緊縮財政で危機を乗り切った、オイルショック(1973年、1978年)時の日本に似ています。

1920年前後と1990年前後の日本を重ね合わせると(→年表を参照)、バブル崩壊から20年が経過した今の日本は、第一次世界大戦バブル崩壊から20年が経過した、1940年前後の日本に当たることになります。敗戦の5年前です。

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