誰が得する?「ストレスチェック」の落とし穴 静かな船出に見えるが、実は波乱含み

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だが実はストレスチェック制度は、いくつかの波乱要因を抱えている。一つ目が冒頭のコメントにあるような、ストレスの測定に関わる課題である。

医師にとっても悩ましいことが少なくなさそうだ(写真:tooru sasaki / PIXTA)

そもそもストレスチェックに決まった調査票はないが、厚労省が模範例の調査票を公表している。たとえば「非常にたくさんの仕事をしなければいけない」や「ひどく疲れた」などといった質問に、「そうだ」「まあそうだ」などと4段階の選択肢から答えを選んでいくシンプルな内容だ。その調査票に回答してみるとシンプルであるがゆえに、同様の職場環境や仕事内容であっても、答える人や場面によって回答が異なってしまう可能性がある。

同様に厚労省の調査票では、「不安だ」「落ち着かない」「気分が晴れない」といった精神状況に心当たりがなくても、「肩がこる」「腰が痛い」といった身体の状況に覚えがあれば、「高ストレス」と判定されてしまう傾向にある。本来、ストレス状況は項目によって深刻度が異なるはずだが、重みづけがされていないのだ。

高ストレス者と判定される回答について容易に想像がつく調査であるため、高ストレス者を装う従業員が出る懸念もある。冒頭の精神科医は、「そもそも人間のストレスの状況を生物学的に正確に測るのは難しい。そのためアンケート調査はベストではないが、あくまでベターな方策」と強調する。

産業医側が断るケースも

別の課題もある。ストレスチェック制度の実施や面接指導に当たり、その役割への期待が高まっている産業医に関してである。

企業内で従業員の健康管理を行う産業医は、労働安全衛生法で従業員50人以上の事業所に選任を義務付けられている。本来なら、そうした企業との関わりが深い産業医が、ストレスチェック制度の運営にも主導的役割を担うと期待する企業は多いが、「産業医側から断るケースが相次いでいる」と関係者は口をそろえる。

理由の一つは、産業医自体にメンタルヘルスの医療経験が乏しいこと。もう一つが、訴訟などのトラブルを回避したいとの理由である。

実際、医師が患者に「薬を飲まないでいいから、今の職場で頑張れ」などと声をかけ、結果的にメンタル不調の症状が悪化したと訴えられ、賠償が命じられる判決も出ている。ストレスチェックの面接でも、不用意な発言をすれば訴えられかねないという警戒感が広がっているのだ。

加えてストレスチェック制度には、左遷につながる恐れがあるので、会社にメンタル状況を知られたくないという従業員側のプライバシーへの懸念も存在する。

制度では、あくまでストレスチェックの結果は医師や保健師といった実施者に伝えられ、会社側には伝わらない仕組みを導入している。これは従業員のプライバシーに配慮したもの。ただし高ストレス者と判定され、医師に面談を求める場合は、会社側に結果が伝わることになる。

会社にとっては、従業員のメンタルに問題がある場合、改善策を講じる必要があるため、ある程度の個人情報の把握が必要となる。もちろん医師面談の結果、会社側から従業員を一方的に解雇したり、不当な配置転換をしたりする「不利益処遇」は禁じられてはいる。しかし、会社の判断の何が「不利益処遇」に該当するかは、判断が難しいケースもあるのが実情だ。

許斐 健太 『会社四季報 業界地図』 編集長

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このみ けんた / Kenta Konomi

慶応義塾大学卒業後、PHP研究所を経て東洋経済新報社に入社。電機業界担当記者や『業界地図』編集長を経て、『週刊東洋経済』副編集長として『「食える子」を育てる』『ライフ・シフト実践編』などを担当。2021年秋リリースの「業界地図デジタル」プロジェクトマネジャー、2022年秋より「業界地図」編集長を兼務。

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