政権交代はなぜダメだったのか 甦る構造改革 田中直毅・国際公共政策研究センター著 ~浮かび上がる統治リアリズムの欠如

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政権交代はなぜダメだったのか 甦る構造改革 田中直毅・国際公共政策研究センター著 ~浮かび上がる統治リアリズムの欠如

評者 中沢孝夫 福井県立大学地域経済研究所所長

 本書は、各種の制度設計が前提としていた諸条件が変化したにもかかわらず、既得権益者が自己利益を優先させ問題を先送りにしている日本の現実を、深く掘り下げた意欲作である。浮かび上がってくるのは「政府の統治リアリズムの欠如」だ。

たとえば3・11後の経過は、国と地方とで復興計画の立案とその推進を「押し付け合っている」姿を明らかにしている。それは被災者の現実に向き合うよりも、「硬直的な規則や煩雑な手続きを優先し」ている一例だ。決定できず、責任から逃れる行政がここにある。

あるいは「行き過ぎた個人情報保護」が、「住民の安否確認という最重要の業務支障をきた」していることが、本書によってよくわかる。マイナンバー制度は、政策形成のインフラとして、何よりも「自己統治のための基盤」だとする著者の説明に納得する。現代日本は個人を特定できないために、多大な無駄が発生しているのだ。同時に自助、共助、公助の区分をあいまいにした社会保険が生み出すモラルハザードを鋭く指摘する。

郵政はどうだろう。民営化のプロセスへの「政治による介入」と、郵政の側(労組や特定局長会など)の「政治への介入」により、国民へのサービスの向上よりも、国民へのつけ回しの危険性が増大しているありさまだ。

農業も同様だ。3兆円(かつては6兆円)もの予算を計上しているが、生産額はわずか8兆円(GDPで1%)だ。それだけの資金をつぎ込んでも、先進諸国で「日本の農業の停滞が際立っているのは市場の調整」を無視しているからだ。増加するのは「耕作放棄地」と「土地持ち非農家」であり、農地の道路などへの転用・転売の機会を待っている。読み終えて楽しくなる本ではないが、本書を避けて「日本の今」を語ることはできない。

たなか・なおき
国際公共政策研究センター理事長。1945年愛知県生まれ。東京大学法学部卒業。同大大学院経済学研究科修士課程修了。国民経済研究協会主任研究員を経て、84年より本格的に評論活動を始める。21世紀政策研究所理事長を経て、2007年より現職。

東洋経済新報社 1680円 225ページ

  

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