タピオカ、唐揚げの"次"になる…?「麻辣湯」の店が乱立する理由と、"ブームの終わり"がすでに始まっているかもしれないワケ

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日本において麻辣湯を広めるのに一役買ったのが、七宝麻辣湯(チーパオ)である。2007年創業。仕掛け人はフードライター/飲食コンサルタントの石神秀幸氏だ。

筆者は以前、石神氏にインタビューをしたことがあるが、その人気の理由が面白かった。

石神氏は、未知の食べ物は感度の高い街でまず見つけさせる必要がある、と考えたという。創業店は渋谷。その後も赤坂・恵比寿・五反田など、目の届く範囲、かつ感度の高い街に積み上げていく。東京集中の出店なのである。結果としてメディアも人も集まる都心で、徐々に人々の意識の中に麻辣湯が印象付けられていった。石神氏は、チーパオが広がり始めたのは19年に恵比寿へ出店した頃からだという。恵比寿といえば、食の感度がひときわ高い街。その辺りから、徐々に人気が作られていったのである。

もともと、石神氏が麻辣湯に目をつけたのは03年。石神氏がシンガポールで麻辣湯を食べた体験にある。そこで感じたのは「おいしい」だけではなく「トッピングを選ぶのが楽しい」という感覚だった。スパイスを分析すると健康に良さそうだともわかった。当時の日本では、OLがコンビニでカップ春雨を買う流れがあり、その流れに乗ることができるのではないかと考えたという。

チーパオの麻辣湯(筆者撮影)

ただ、そこでは流行に乗っただけではない。チーパオでは、徹底して味にこだわっている。そのスープはセントラルキッチンで作るのではなく、基本的に各店で炊く方式を採っている。創業当初は濃縮スープを使っていたが売り上げが伸びず、試しに店でスープを炊いたら一気に客足が伸びた経験があるからだ。

スープの味についても、少しずつ変化を加えている。開業からその味を変えた回数は、300回を超えるほどだという。用いるスパイスの量を変えると、全体のバランスも調整する必要があり、小さな変更が積み重なる。そうした試行錯誤を繰り返しながら、味を追求してきた。

増加の裏にある「出店のしやすさ」

こうした工夫に加え、21年からは「焼肉ライク」を展開するダイニングイノベーションと組んで、フランチャイズ展開にも踏み出している。

焼肉ライク
おひとりさま需要を開拓し、急成長を遂げた焼肉ライク。運営元のダイニングイノベーションは、麻辣湯ブームの影の立役者と言える(写真:編集部)
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